カテゴリ:私のガラクタ美術館( 50 )

  大聖歓喜双身大自在天   私のガラクタ美術館(11)


 今回の、ガラクタ美術館の蔵品は、全長9センチの木造歓喜天である。例によって、出所も
 由来も不明のものだが、財運・福運の守り神として大事にしている逸品の一つである。
 肉眼では良く見えない部分も、写真に撮り拡大すると、その彫りの冴えに驚かされる。

 歓喜天と呼ばれるものは、象頭人身の単身像か、抱擁している象頭人身の双身像のものが
 多いが、この像のように、象天・女天2体の立像が向き合って抱擁しているものは珍しい。

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 密教の歓喜仏を連想させるような男天・女天が抱擁し合う表現を含むためか、この種の
 双身歓喜天像は秘仏とされて一般には公開されないのが普通だという。

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            ガネーシャは、象の頭をもつヒンズー教の神で、ヒンズー教最高神とされるシヴァ神を父に
            パールヴァティーを母に持ち、シヴァ軍団の総帥を務めたとされている。
            古代インドでは、もともとは障碍を司る神だったが、やがて障碍を除いて財福をもたらす神
            として広く信仰されるようになった。
            悪神ガネーシャが十一面観世音菩薩によって善神に改宗し、仏教を守護し財運と福運を
            もたらす天部の神とされ、日本各地の寺院で祀られている。

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 女天は十一面観世音菩薩の化身だとされ、美しいお顔と慈悲深い眼差しは魅力的である。
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            ガネーシャも女天に諭され、仏教に帰依して眼差しも優しくなり、願い事を叶えてくれそう。

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by kame0401 | 2011-09-20 12:05 | 私のガラクタ美術館 | Comments(4)

爵の裏おもて

  爵の裏おもて

 この前にクレマチスを生けていた花器の「爵」ですが、私はこの爵は複製品 だろうと
 思っています。
 この緑青ですっかり蔽われた姿からは、これがコピーだとは到底思えないでしょうが
 昔から青銅器には複製品が多いと聞いています。
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  「乳釘文平底爵」 これが本物ならば大変な文化財です、何しろ紀元前17世紀の夏王朝
 時代の爵ですから。わがガラクタ美術館に、そのようなものがある訳がありませんからね。
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 まさに、複製の技術は驚くべきで、腐食させて緑青を付けるところなどホントに憎い
 ではありませんか。 これはきっと本物から複製されたものが、その後身元を隠して
 独り歩きをしているものだと思います。
 しかし、この端正なフォルムと緑青で付いた味は、花器として躊躇わず座右に置く
 ことにしたのもお判り頂けるでしょう。 そのうち、香炉としても使ってみようと考えて
 います。
 この素晴らしい爵は今やわがガラクタ美術館の逸品です(笑)・・・・。
by kame0401 | 2011-05-30 15:16 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

李朝水滴の美

  李朝水滴の美

  この李朝の水滴は、友人で骨董の師匠でもあるM君から譲り受けた逸品である。
  私の座右の文房四宝の中でも特に気に入っている一つで、直径が10センチ、
  高さが6.5センチの堂々としたもので、ふっくらとした姿と優しい草花の染付
  にみる李朝の味わいがたまらない。
  私は、これまでに水滴を幾つも買い.購め、また売り払ったりもしているが、
  これの右に出るものはないし、これだけは手放すことはない。

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  中国の完璧なまでに凛とした陶器と対照的な柔らかい味わいの李朝の陶器は
  国民性の違いから来ているのだろうか。

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  水滴は実用性も要求されるが、私は机の上にこれがあるだけで気持ちが
  安らぎ愉しみながら書作が出来る効果の方が大事だと思っている。

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  紙や墨も大切で作品に大きく係わるので色々試してはみるけれど、私などは
  遊びで落書きをしているだけだから、ヘタなものほど道具に凝るの類である。
by kame0401 | 2011-04-21 01:49 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

阿修羅のごとく

 

  阿修羅のごとく  遍く命を与えよ  そして平和な日々を ・・・・



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  阿修羅は、本来サンスクリットで「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされる。 

  修羅道だとか修羅場だとかいう言葉が持つイメージとはかなり掛離れているが、本来の阿修羅は
  興福寺の阿修羅像が示すようなものなのだろう。
  
  この絵は阿修羅ではなく、チベット蜜教の「チャクラサンヴァラ」という仏で、肩から下が欠け落ちた
  青銅の小さなこの仏は緑青の色が美しい。 私はこの仏に阿修羅のイメージを重ねて観ている。

  震災の惨状をTVで観てから何も手につかず、気持ちを建てなおそうと先日来この絵を描き始め  
  三日がかりで仕上げたもの。 四面の顔を持ち、腕が十二本もあるこの仏に願いを籠めて・・・。

  願わくば阿修羅の仏よ、チャクラサンヴァラの仏よ
 
  遍く命を与え、平和な日々を一日も早くもたらし給え。




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by kame0401 | 2011-03-28 01:53 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

  


         秦時の月に見たものは   私のがらくた美術館(5) 


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    題鹿文瓦當                   鹿文の瓦當に題す


  瓦片 鹿文 君可捫               瓦片の鹿文 君捫す可し

  英姿 千載 于今存               英姿千載 今于(に)存す

  宛然 嘯向 秦時月               宛然嘯き向う 秦時の月に

  又喚 群朋 躍曠原               又群朋を喚んで 曠原に躍る




      鹿文の 瓦當を君よ 手にば把れ

      千載の 歳を経ていま そは此処に 

      姿さながら 中原の 秦時の月に 嘯きて

      群れなす朋を 喚び集め いざ駆けんとす 今まさに





この瓦は、「秦の始皇帝とその時代展」の図録に載っている紀元前春秋戦国
時代の遺構から出土した瓦と同じ時代のものだろうと思っている。

わがガラクタ美術館の蔵品の中では、真贋は別にしてお気に入りの品である。

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この本は、私の愛蔵書の一冊で、秋草道人・会津八一の歌集である。
表紙の鹿文の瓦當にも強く魅かれ、大好きな奈良を歩くときにも持ち歩いていた。
今回表示の瓦當を骨董店で見付けた時も、直ぐにこの歌集を思い浮かべた。


そんな思い入れの鹿文瓦當ではあるが、しかし、兎歳の年頭に鹿とは・・・・・

いやいや、この鹿が中原の空に皓皓と耀く、秦時の月に見たものこそ・・・


兎にも(鹿の)角にも、本年も何とぞ宜しくお願い申し上げます



浪花シャレ言葉にいう。。。。。。「兎の糞や」。。。。。。。。。
。。。その心は「長く続かない」。。。。。。。。。。。。。。。。。

と言われないよう、このブログも続けていくつもりです。

by kame0401 | 2011-01-07 01:00 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

クメールの微笑み

     

     クメールの微笑み        私のガラクタ美術館(5)


  今回のガラクタは、クメール仏である。砂岩の仏頭で11センチ程の小さなもの。
  例によって、真贋のほどは定かでないが「クメールの微笑み」に惚れて我が家に
  お越し頂いたもの。

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今から10年前の年賀状で、アンコール・ワットやアンコール・トムの寺院に圧倒され
ながらも、クメール仏の微笑みに魅了された旅であった。



    故宮 跡在 密林中       故宮の跡在り密林の中

    四面 仏頭 微笑豊       四面の仏頭微笑み豊かなり

    千歳 王城 當楽土       千歳の王城まさに楽土

    慈光 遍照 古今同       慈光は遍く照し古今に同じ



      いにしえの 都の跡は 密林の 中にのこりて

      四面なる 石の仏の みそなわし 

      王城楽土 千年の 昔のままに 微笑みて 

      遍く照らす 眼差しの 慈悲の光も そのままに




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巨根に押し潰されているタ・プロ―ム寺院。 私の座っているのも頭の上に横たわっているのも
それである。後ろに見える巨木の根で、日本でいえば桑科のアコウやガジュマルの仲間である。

熱帯の密林の生命力は、想像をはるかに超えている。現在の遺跡群は、1860年フランス人
博物学者アンリ・ムオーが発見し、密林の中から木を取り除き、ようやく私たちの前に千年の
威容を現したのである。 人間の営みの儚さを思うことである。
by kame0401 | 2010-12-20 00:03 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)



  玉羊頭符契


がらくた美術館の収蔵品、例により、出所不明である。

玉で作られた符契(割符)だと思う。サイズは65×45×45ミリ。

大きな角を持つ雄羊の頭が、縦に二つに割れるようになっていて、それぞれに「師」の文字が
凹凸に彫られている。合わせると、ぴったり符合するように作られていることから割符として
使われたものではないか。

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この玉羊頭の割符を観たときに、ハッと思った。

我々が書の作品に捺す印には、朱文と白文のものがある。
朱文と白文の起源は、もしかしてこのような割符から来ているのではないかと。
真偽のほどは別にしても、興味ある出会いであった。

また、「師」の文字のもつ意味合いも謎で、旅団、師団、軍団という軍の組織単位
を指しているとすれば、想像はさらに膨らむことになりそうだ。

識者のご教示をお願いしたい。
by kame0401 | 2010-11-07 01:46 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)



  所詮 お釈迦様の手のひらの上 ーがらくた美術館特別公開ー


わが「がらくた美術館」の仏手、石造金彩で、ほぼ人の手のひら大である。
乗っている猿は、白磁でこれも中国の少し古いもの、かくいう申歳の私も少々古いが。

わが「がらくた美術館」では、時代や真贋を問わない。世にいう、がらくたの中に
潜む美を、私自身の眼で愉しむのだ。  誰が何と言おうとも・・・

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若い時は、孫悟空が天空を駆け巡ったように、活躍していた? つもりだった。

今になって、振り返ってみると、所詮、お釈迦様の手のひらの上で遊ばされて

いただけで、己の小ささに恥じ入るばかりである。



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與願印 
 (よがんいん)   

仏の手の印相で、左手を下げ、掌を正面に向けた與願印は、

人々の願いを聞き入れ、望みを叶えることを表すという。


仏の深い慈悲を表す有難いお釈迦様の手を、勝手に横にして,申を乗せるなど

まさに罰あたりな所業で、私の願い事は聞いて貰えないかも・・・

いやいや、慈悲深いお釈迦様のことゆえ、罪深く煩悩多きこの申を、お見捨てに

なることはあるまいて・・・

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(歎異抄) 

  南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・・
by kame0401 | 2010-09-25 00:42 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)



    わが家の阿修羅像?

四面十二臂の像で、顔が3糎足らずの小さなものである。
大きく欠落しているが、四面いずれも表情が異なり、
何故か見る者を惹きつける魅力がそこにある。

見る人が、それぞれに感じてもらうため解説はしないでおこう。
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チャクラサンヴァラ <チベット密教の仏>

究極の知恵が、無上の快楽と不可分の関係にある。
あるいは至上の快楽のなかにしか、至高の叡智は顕現しない・・・・。


ブッダ以来、2100年を経て、インド密教がたどりつた結論だという

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我が家のガラクタ美術館の蔵品で、結構気に入り眺めている。

阿修羅像を連想して購めたものだが、いろいろ調べていくと、
チャクラサンヴァラというチベット密教の神像だということに。
正面の体の大きく欠落しているところには、性的パートナー
のダキーニーが抱きついていた部分だと考えられる。

阿修羅は、三面六臂だが、こちらは四面十二臂で、
首から下げた骸骨の輪と、生首の束を手にしている様は、
まさにチャクラサンヴァラであり、阿修羅ではない。



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by kame0401 | 2010-08-02 00:00 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)


                   シヴァ・リンガ                   


              ヒンドゥー教のシヴァ神の象徴リンガです。

              シヴァは破壊神、創造神のブラフマー、維持神のヴィシュヌ
              とともに、ヒンドゥー教の三最高神の一つです。

              「破壊の後に創造が始まる・・・」 日本にも来てほしい神様です。

              水晶で作られていて、高さ45ミリの小さなもの。
              この色は下から紫外線をあてて撮影したためです。

              水晶の持つ不思議な魔力に取り付かれて、
              わが家にお越しを願うことに・・・
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                                  シヴァ・リンガ 高さ45ミリ






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by kame0401 | 2010-05-01 10:05 | 私のガラクタ美術館 | Comments(1)

人生二毛作を目指して・・・
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