カテゴリ:私のガラクタ美術館( 49 )

初期伊万里の皿

        初期伊万里芙蓉手銀杏紋の皿   
                                            私のガラクタ美術館(28)
 

        今回のガラクタ美術館は先の阪神淡路大震災の際に割れて不揃いになった初期伊万里の皿である。
        径14.5センチ、高さ3、5センチで、高台は5センチ所謂1/3高台と言う初期伊万里の特徴をもち私の
        大のお気に入りの逸品である。
        
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        初期伊万里は秀吉の朝鮮侵攻の際、連れ帰った朝鮮陶工が伝えた匠の技で作られてものだという
        料理を盛り付けると食卓の中で際だって目を引き、私を嬉しくしてくれる逸品である
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        この初期伊万里の皿は結構高かったが、大事に蔵入りさせるより普段に佳いものを食卓にと思い使って
        いたため震災の被害に遭ったのだが後悔はしていない。五枚のうち一枚は修理不能だったが、二枚は
        欠けた皿の縁を自分で金繕いして今も普段に使っている。
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        コバルトの発色も日本では柞(ゆす)の木の皮の灰を釉薬に使うことで少しくすんだ味が出ているのだという
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        中国景徳鎮の完璧な造形と純白な色に対し、朝鮮李朝の流れをくむ初期伊万里は造形も柔らかく、濁った
        米のとぎ汁の白と評され、日本人好みの枯淡の味わいを持っている
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        中央の紋は「三つ銀杏紋」とよばれる銀杏の葉を三枚合わせたものである


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by kame0401 | 2014-02-18 15:34 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

不羈

            不羈   午年にこじつけて思うこと


        「不羈」(ふき)とは
        ①行動が自由奔放で何物にも束縛されなず、自らの考えにし従い行動すること
        ②才能などが並外れていて、常軌では律しきれないこと

        不羈の付く熟語には不羈不絆、不羈奔放、不羈独立、不羈自由などがある
        
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                               わがガラクタ美術館・中国漢代の加彩馬俑   18㎝×7㎝×7㎝


       そもそも不羈の「羈」とは、馬の馬銜(はみ)を頭と首に繋ぎとめる組紐のことで、面繋(おもがい)とも呼ばれ、
       手綱に繋げ、これで馬に乗る人は馬を自由に操ることが出来る。上掲の写真で馬の顔に見える紅と白の紐
       がそれである。馬銜は羽目(はめ)とも呼ばれ馬の口に噛ませるもので馬の側からすれば、これを嵌められる
       と自由が束縛され人のいいなりにならざるを得なくなる訳で、本当は自由奔放に走れる裸馬で居たい筈だ。
       「羽目を外す」という言葉は馬銜(はみ)の束縛をはずしてもらって自由になった裸馬のさまからきている。  

       「君が代」の起立斉唱を強制し、それに従わない教師をを処分したり首にする時代に、何物にも捉われず
       自らの良心に従い信念を貫く人はまさに「不羈」の人で、日本はまだまだ捨てたものではない。

       午年にこじつけて「不羈」を持ち出したのは、今年は日本にとって岐路になるように思うからである。戦後69年、
       これがいつまで戦後といえるのか、いつの間にか後に歴史上戦前と呼ばれるようになるのではないかと不安
       なのである。
       年頭にあたり私は「不羈」を座右の銘にして、微力でも何かできることを模索していきたいと思うのである。
by kame0401 | 2014-01-09 19:35 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

クレマチスと李朝白磁と

         クレマチスと李朝白磁と

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         ベランダで名残のクレマチスが一輪咲いた。早速お気に入りの李朝白磁の徳利に生け、
         これまたお気に入りの李朝の双耳杯を添えて一人で悦に入っている。
by kame0401 | 2013-10-22 11:24 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

コプト織裂

         コプト織裂      私のガラクタ美術館(26)


        今回はコプト織の裂端である、上が35センチ下が30センチの小さなもので額装して飾っている。これは
        馴染みの骨董店で眺めているうちに買うはめになったもので結構お気に入りの一つである。
        金もないのに骨董に興味があり、骨董師匠の同僚と骨董屋巡りをしているうちに私にも馴染みの店が
        出来る、値切ると気持ちよく負けてくれる。やがて此方の好みを覚えると市で好きそうなものを見つけて
        買っておき顔を見ると奥から出してきて、これFさんが好きだろうと思って買ってきましたという。此方の
        懐具合もお見通しだから、そんなに高くない。こうなると三度に一度は買わぬわけにはいかなくなる、所謂
        「義理買い」と言うやつである。そんな形で増えたコレクションだが、いま思うと義理買いでなければ買わ
        なかった優品が結構ある。
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        コプト裂とは古代エジプトのキリスト教徒の人たちが使っていた綴れ織であり、地中海文化の影響をうけて    
        いると謂われている。
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        平織で緯糸(横糸)に色糸を使い身近な花や動物が図案化されて独特の雰囲気を醸している。
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        魚の図案だが生き生きと今も鮮やかな紅色が残る
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        チューリップだろう見事に図案化している
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        くねくねと身をくねらせるのは蛇それとも海蛇か
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        上の烏の子供だろうか、それとも水鳥なのだろうか


        現在エジプトではコプト教徒(キリスト教の一派)は少数派になり、イスラム教のイスラム同胞団による
        迫害が報じられている。コプトは古くて新しい歴史を私達に示している。


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by kame0401 | 2013-09-26 20:19 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

唐三彩の光彩

             唐三彩の光彩         私のガラクタ美術館

         今回のガラクタ美術館の収蔵品は、「唐三彩の盃」である。径55ミリ×高25ミリの小さなものだが、
         暑い夏の盛りに、せめて陶磁器の冷たい肌感覚を感じてもらえれば。
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         柔らかな釉薬の緑と白と赤褐色の三彩が織りなす光彩は日本人の好きな景色である。
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         唐三彩は本来明器(副葬品)として作られ、多くは墳墓から出土するものである。 と聞けば少しは
         涼しくなるかな。
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         唐代といえば、李白や杜甫など私の好きな詩人が活躍し、日本からは遣唐使が送られ交流が盛んな
         時代である。 こうして眺めると唐三彩の肌の艶は、千年の昔の華やかな時代の光彩を今に感じさせて
         くれるような気がする。


         師匠の言う「薄皮一枚のピントと蕩けるようなボケ」 とはいかないまでも、私には初体験の画像が・・・
         



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by kame0401 | 2013-07-26 06:54 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

雨漏りの景色

         雨漏りの白丹波       日本的風景

         今年は梅雨らしい雨模様もないまま、連日酷暑のすえ梅雨明けを迎えた。
         今回のガラクタ美術館は「雨漏りの白丹波」である。梅雨の雨漏りが壁につくる滲みに見立てて
         このような焼物を「雨漏り」と称して好むのは、侘び寂に心を惹かれる日本人独特のものであろうか。
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         雨漏りの滲みは意識して付けられるものではない。中から永い年月を掛けて滲み出た模様である。
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        丹波名産の山椒の味噌付けや醤油付けを入れたのかもしれない、味わいのある滲みである。
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         昔からカメラが好きだった私は、パソコンとカメラの師匠Y君が先日来推奨する新製品のカメラを、
         とうとう我慢できずに買ってしまった。 早速試し撮りしてみてその画像の美しさに正直驚いた。
         35mmフルサイズセンサー搭載・2430万画素というだけのことはあると、高い買い物ではあった
         が早々に納得したことである。
by kame0401 | 2013-07-13 14:15 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

   


            再び翁に遊ぶ        ガラクタ美術館  謎解きの巻 

         昨年の一月に、この能面「翁」をこのブログで取り上げたことがある。それは裏面に刻まれた刻印のうち
         解読出来ない一文字についてであった。下の写真に示した能面の裏に刻まれた四文字「十千沽?」のうち
         最後の一文字が読めなかったのである。
         ところが先日、篆刻家の友人が、同じく書家の友人と一緒に我が家に遊びに来られたので、例の懸案の
         翁を見せて、そのことを話したら流石さすがで、帰られて早速メールで謎の字は「酒」だとお教え頂いた。
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         前回にも紹介した中国の漢詩を再掲するが、謎の四文字「十千沽?」は盛唐の詩人崔敏童の有名なこの
         漢詩を踏まえたものであることはほぼ間違いないと思われる。


         宴城東荘   城東の荘に宴す      崔敏童(さいびんどう) 作

         一年始有一年春   一年始めて 一年の春あり
         百歳曾無百歳人   百歳曽て 百歳の人なし
         能向花前幾囘醉   よく花前に向って 幾回か酔わん
         十千沽酒莫辭貧   十千もて酒を沽う 貧を辞することなかれ


         (註) 「十千」(じっせん) … 一万銭のこと。魏の曹植(192~232)の「名都篇」に
                           「帰来宴平楽、美酒斗十千」とあるによる。
             「沽う 」(か)う… 買う。

         一年の始めには、必ず春はやってくる。
         人生百歳と言うが、百歳まで生きた人は誰もいないのだ。
         春の盛りに、花を肴に酔うことが出来るのは、これから先、何回あるというのだ。
         さあ飲もう、一万銭で美酒一斗買って宴会だ、それで貧乏したって構うもんか。


        
        
         さて、本題に戻って、この翁の面に刻まれた文字は、一万銭で何を買うと書いているのだろうと言う謎は、
         この漢詩の字句をそのまま「十千沽酒」と刻んでいるということになったわけである。

         その昔、なけなしの銭を叩いて此の翁面を手に入れた元の持主は、この詩を踏まえて「人生そんなに永く
         ないんだ、気に入ったものを購めて、それで貧乏したって構うもんか」
とその心意気をこの四文字に託して
         刻んだのだろう。それにしても、漢詩を踏まえて更に酒の一文字には篆書体の酒を置いたところなどは、
         この翁の持ち主は学識豊かな文人であり、改めて先人の遊び心にも脱帽した事である。

         これが謎解きの顛末であり、ガラクタ美術館の逸品は、こうして謎が解け翁を介して先人と二度も遊ぶことが
         出来、さらに愛着を深めることになったわけで、それにつけても持つべきものは佳き友人である。

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        これは懸案の難問を見事解決してくれた篆刻家の友人に以前から頼んでいたもので、見事なのは当たり前だが、
        重ねてお礼を申さねばならない。

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        「不二天山」は私の雅号で、昔から山が好きな私が山頂で遊んでいるようなこの刻印は私にぴったりの雰囲気
        で早速ガラクタ美術館の蔵品に登録したことである。

        ついでに余談を一つ、「不二天山」の不二は藤本のフジであるが、実はこの不二には別の想いいれが籠められ
        ている。 それは昔の有名な能面師は秀吉や家康から天下一の称号を名乗ることを許され、能面の裏に
        「天下一是閑」「天下一河内」などの焼印を捺していた。私は能面の裏に焼印や名前を入れない主義なのだが、
        私の能面は天下一ではないけれど、天下に二つとない「不二」なのは確かだから、その想いも籠め雅号印に
        「不二天山」と刻んでいるのである。
by kame0401 | 2013-04-09 16:59 | 私のガラクタ美術館 | Comments(2)

レプリカの光と陰

           レプリカの光と陰    雪野寺の童子像

       この塑像はレプリカである。それを承知で手に入れたのは、この11センチばかりの小さな塑像
       の魅力に惚れたからである。 それと、この童子像をみた時に以前どこかで観たことがあると
       感じていたことも、の動機になっている。
       このレプリカはプラスチック製であり、手にとって見ると軽いし敲くと音が違うのですぐそれと
       判るが、塑像の質感はそこそこ再現している。
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       永い間気になっていた以前何処かで観たと言う謎は、ある日偶然に解けた。それは書棚の白州正子
       の本のなかにあった。 その「近江山河抄」という本に出ていた近江の雪野寺跡出土の童子像
       の写真がそれだった。
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       白州正子は、この童子像のことを次のように記している。

       「それはむざんに壊れており、不器用についだ傷あとが痛々しかった。 が、秀でた眉の線の
       たしかさ、唇と顎のあたりのふくよかなぬくもりは、あきらかに白鳳の面影を伝えていた。
       軽く閉じた眼からは、今にも涙の一滴がこぼれ落ちそうで、その崇高とも無心ともいえる表情
       から、私は拝んでいる姿を想像した。・・・・・・」


       この童子像は、現在京都大学の総合博物館に収蔵されているが、netで見た雪野寺出土の塑像
       には、ほぼ同じ童子像で口を開けて叫んでいるようなものもあり、それは法隆寺五重搭の群像を
       思わせるものがある。  レプリカなれど私のガラクタ美術館お気に入りの逸品である。

       レプリカも最近では美術館で、本物の影武者として展示されることもあり、美術品の保存の為とは
       いえ難しい選択ではある。 本物のダイヤモンドは金庫に入れ、外出には模造のダイヤを付ける
       人がいるという。 本物をもっている人が付けていると模造でも本物に見えるというから厄介だ。
       レプリカの光と陰はまさに人間の心の光と陰が投影しているのだろう。
by kame0401 | 2013-02-09 20:07 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

旅の道連れ 

       kameの足跡・旅の道連れ      私の筆箱

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       これは元々眼鏡入れとして作られたものでガラクタ美術館系のものである。
       鮫革が張ってあり綺麗なもので、筆箱にして旅のお供を願っている。スケッチ用の鉛筆や彩色筆、
       それに50年余りも使い続けているパーカー万年筆などを入れている。 根付けとして付けている
       のは能面仲間のY氏作のミニ能面で精緻な彫が素晴らしいものである。
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       鮫革と言うのは、ホントはエイと言う魚の革だそうで、サメ肌などと言うようにざらざらしている
       ので、滑り止めの役割で刀の柄に張ったり、板に張って山葵下ろしに使われてきた。
       それとは別に磨きをかけると見事な肌合いが現れるので、この眼鏡入れのように装飾的にも
       珍重されてきた。私はこの肌合いが好きで、自分でエイの革を磨き、愛用のカメラやiponeに
       張り付けて愉しんである。筆箱やカメラは旅のつれずれに、ブログのネタを記録する大切な
       道具・道連れであり、間に合わせでは気に入らず、変なところに凝るのが私流である。
       ガラクタ美術館長の道楽・暇つぶしと笑われても、本人は結構気にいっている。
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       私の「面白半分・遊び半分」のブログも2年半を越え、相変わらずの駄文を重ねている。
       「kameの足跡きのう今日」は、80年まえの昨日から、今日の今まで時空を越えての記録で、
       来年も、よろよろしながらkameの足跡を記して行こうと思ってる。 では佳いお歳を・・・・・

by kame0401 | 2012-12-28 10:27 | 私のガラクタ美術館 | Comments(2)

有馬温泉の秋

            有馬温泉の錦秋


          能面展と家内の演能「井筒」が無事終わり、骨休めに有馬温泉に出かけた。
          「XIV有馬離宮」という会員制のリゾートホテルである。 有馬の紅葉は最高で、ホテルの
          裏山も美しく彩られていた。
          疲れがどっと出た感じで大好きな露天風呂へ。 少し寒い秋の風を肌で感じながら、幸せを
          満喫した一日だった。
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          日本料理レストラン「華暦」の夕食もホントに美味しく、盛りつけの妙を愉しみながら
          満足満腹のひと時を過ごした。 そのときマナガツオの味噌漬けが載っていたヘギを頂き、
          裏に紅葉をいたずら描きしてみた。 これを見ると美味しかったマナガツオを思い出す。
          ご馳走様でした「華暦」さん   有難う「華暦」さん 
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          「華暦」の字が焼印で押されたヘギが、これまた洒落ている    頂いて帰るしかない
by kame0401 | 2012-12-07 12:03 | 私のガラクタ美術館 | Comments(2)

人生二毛作を目指して・・・
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