当世トイレ談義

       当世トイレ談義    トイレ今昔物語

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       近頃の公衆トイレは驚くほど綺麗になった。私のように昔の公衆便所を知る者にとってはそれは
       革命ともいえるものである。このトイレマークが使われるようになったのは恐らく東京オリンピックの
       頃からで、綺麗になったのもオリンピックのお蔭かもしれない。

       それにしても昔の公衆便所はそれは汚かった。それはおぞましい存在だった。勿論汲み取り式の
       時代のものだから、汚いことこの上なく臭いも酷いものだった。その上に大便所の中は勿論壁一面
       に卑猥な絵や言葉の落書が描かれている一種の解放区だった。私にとっては辟易しながらも覗い
       てみたい衝動を掻き立てる存在でもあった。人間の卑猥さの象徴のようなあの公衆便所はいつごろ
       まであったのだろうか。次のWCといわれた時代も水洗便所でありながらお世辞にも綺麗とは言え
       ない存在だった。

       中国では一昔前に公衆便所で驚いた経験がある。北京の公園にあった便所でも仕切りも扉もなく、
       並んで用を足しているのである。入口を入ると屈んで並んでいる人と顔が合う、これは日本人の
       感覚では到底理解できないものだと当時恐れ入ったことを記憶している。「雪隠」という言葉は日本
       だけのものかもしれない。そのほかカラチの便所では朝顔の位置が高くて背の低い私は少し離れて
       上向きに飛ばした経験がある。先ごろ訪ねた槍ヶ岳の槍ヶ岳山荘の便所は泡で洗浄する方式の
       もので、事後の紙を分別して処理し排泄物はヘリで下に下ろすのだと聞いた。これも初体験で隔世
       の感を味わったことである。

       トイレ談義のついでに書かしてもらうと、水洗便所になり公団住宅や喫茶店のトイレが大小兼用に
       なったことについてである。以前は男用の便器朝顔は垂直に立っており小便を、大便用の便器は
       水平になっていて屈んで使うものだった。これを便座に座って使う大小兼用にするという発想は
       いつ誰が考えたのだろうか。少なくとも男性にとって実際は朝顔が切り捨てられただけで兼用の
       工夫は成されていない。男性が黙ってあの水平な器に小便を注ぎ込む屈辱に耐え続けてている
       のは不思議だ。兼用と謂うなら男の小便がし易い構造に是非改良するべきだと声を大にしたい。
       あの水洗便所の革命的進歩を創り出した日本の企業なら不可能な課題ではないと思うが如何。
by kame0401 | 2014-11-28 11:39 | kameの独り言 | Comments(0)

人生二毛作を目指して・・・
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