蛍と釈迦と漢詩と   漢詩紀行(2)


          蛍と釈迦と漢詩と


         6月に入ると、蛍の便りを聞くようになる。この季節になると、私はいつも昔訪ねた
         ネパールのルンビニの蛍のことを思い出す。

         そこは、インドとの国境に近く、釈迦誕生の地として有名で、大きな菩提樹の陰に紅い
         レンガの寺院跡が横たわっている。

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               <漢詩集「天山遊艸」より>

          看阿育王石柱 / 阿育(アショカ)王の石柱を看る


         天竺 仏陀 遺跡中        天竺仏陀遺跡の中

         残碑 千古 在荒叢        残碑千古荒叢に在り

         只今 只見 流蛍影        只今只見る流蛍の影  

         黙座 偏思 竹帛功        黙座偏えに思う竹帛の功 



         インド天竺  片田舎  紅きレンガの  寺院跡

         夏草繁る  その中に  残れる柱   その昔

         釈迦の教えを  讃えんと  アショカの王の  建てしとか

         碑文仰ぎて  佇めば  やがてに闇は  迫り来て

         ただに見ゆるは  蛍影  心の闇に  さす光 



         これは、私の漢詩の処女作(1984年)でもあり、思い入れも深い。
        私が、友人の紹介で書家のM師のお宅に伺ったのは、50歳の頃である。

        M師が曰くに 
        「書をやるなら、是非漢詩を作ることをお勧めします」
        「何故なら、書の作品は古来漢詩の名作を題材に選んだものが多いのです。
        漢詩の勉強をして、その深い意味や味わいを理解しなければ良い作品は
        出来ないでしょう。」
        「漢詩の勉強は自分で漢詩を作ることが、一番の近道なのです」・・・・と。

        そんな訳で、M師からは、書に加えて漢詩も教わることとなる。
        そして、前年に訪れたルンビニの印象をもとに誕生したのが、この処女作。

        私のその後の人生を豊かなものにしてくれた漢詩との出会いは、M師との
        出会いあってのことであり、人生に於ける出会いの大切さをしみじみ思う
        ことである。

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        雨季の真夏には、ルンビニを訪れる巡礼や観光客もなく、かえって静かな佇まいを
        見せてくれる。絵にあるような簡素な民家の並ぶ村では、夜になると小川を挟んだ
        街路樹に無数の熱帯蛍がとまり、クリスマスツリーの豆電球さながらに、シンクロし
        て点滅するのである。そのさまは全く見事で、忘れがたい感動を覚えた。


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        ルンビニには、カトマンズの街角で偶然知り合ったネパールの少年の案内で訪れ
        その縁で寺院に泊めてもらった。帰り際に、宿代のつもりで僅かばかりの寄進を
        したら、記念にと頂いたのが遺跡のレンガである。今は大切な思い出の引き出しに。
        ネパールの少年D君は当時日本語を勉強中であり、この後も、一緒に東ネパール
        の ビラトナガールに旅をした。後年来日した彼とは、今も交流が続いている。
        これも大切な出会いの一つである。





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by kame0401 | 2010-06-03 01:00 | 漢詩紀行 | Comments(0)