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「梅枝」

      高安薪能  

      玉祖神社  能「梅枝」  シテ塩谷 恵師   2013.10.19


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           シテの冠り物は大きな「鳥兜」で鳳凰の頭を象ったものと言われ、舞楽などでも使われる。

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by kame0401 | 2013-10-28 15:48 | 舞台寸描 | Comments(0)

クレマチスと李朝白磁と

         クレマチスと李朝白磁と

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         ベランダで名残のクレマチスが一輪咲いた。早速お気に入りの李朝白磁の徳利に生け、
         これまたお気に入りの李朝の双耳杯を添えて一人で悦に入っている。

by kame0401 | 2013-10-22 11:24 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

世界の街角・ネパール

          世界の街角・ネパール   1981年

         ヨーロッパの都市美は素晴らしいものがあり、絵になるなあと思うが、私はどちらかと言うとネパールや
         インドの混沌とした景色の方が好きなのである。ネパールは何度も訪れているが、これは初めて訪れた時
         のもので、見るもの聞くもの全てが新鮮で心躍る毎日だったことを思い出す。

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           カトマンズの街は何処を切り取っても絵になると思った。
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           古い木造の建物は歪みながらも、歳月が創り出した得も言われぬ雰囲気を醸している。
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           街角に佇む人々は物憂く景色に溶け込んで見える。
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           バクタプールはカトマンズ、パタンと共にそれぞれ王朝の都になったところで古い王宮の建物が
           残っている。小高い丘に建つバクタプールの街を裏側から眺めたもので、これは1982年に訪れた
           時のもの。
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          パタンの旧王宮
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          パタンの旧王宮
          旅のつれずれに画帳を広げて街角を描く。鉛筆、油性インクのペン、水性インクのペンそれぞれに
          味わいが異なるので面白いが本当は何時か筆を使って墨で描いて見たいと思っている。

by kame0401 | 2013-10-16 17:46 | 街角寸描 | Comments(0)

龍虎

          龍虎   大阪能楽会館  シテ 山中雅志師  
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       前シテの老人は私の最新作「笑尉」をかけて登場
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       後シテの金竜、素早く変幻するのでスケッチブックに捉えるのは大変、手元をあまり見ないでほぼ一筆描きの
       なぐり描きだが、それなりに雰囲気が出た時は嬉しいものである
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       左の猛虎と向き合う金竜、舞台狭しと橋掛でも激闘を繰り広げる
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       金竜二態  天冠に大きな龍を付け白頭に面は黒髭
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       猛虎二態  天冠に大きな虎を付け赤頭に面は長霊癋見か?

by kame0401 | 2013-10-10 08:28 | 舞台寸描 | Comments(0)

うるめ噛む  

        うるめ噛む    ある友人の死


先日私の友人神山治夫氏が亡くなった。彼は私と同じ昭和7年生まれだが、学年は一年下になる。
彼は市井の学者で学究的な論文資料は素晴らしいものがあった。近年「原発を考える市民のつどい」
を立ち上げ事務局を引き受け情報発信や集会の呼び掛けに忙しい毎日だった。これは50余年まえ
茨木に研究用原子炉の設置問題が起こり反対運動で阻止した歴史があり「原発をなくす運動の原点
は茨木にあり」と言うのが彼の持論だった。癌との闘病生活の中で会の中心的な役割を担うのは無理
だと思ったが、彼は自分の人生を賭けてこれをやり続けた。次に紹介するのは彼が事務局を務める
「原発を考える市民のつどい」のホームページに自ら投稿した日記の一文である。

今年の7月に書かれたこの日記は、改めて読み返しすと、これは彼の覚悟というか遺書のような気がする。
彼自身の「青さ」こそが彼の生命力だったように思える。

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        「うるめ噛む」

        病床からPCへ、這って行くもままならぬある日
        瀬戸内出身の友人から「うるめ鰯」の干物が送られて来ました。

        うるめを齧るほどに、背にわずかひとすじ残る青さに
        うるめは生きていると生命を感じ取ることができました。

        また、もう二度と目にすることはできないだろう
        大海原の青さを思い、うるめを噛みつつわれもまた
        まだ生きていると感じさせられました。


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        「うるめ噛み一句ひねりてひと日生く」

        しかし、一句ひねってひと日の命が燃えつきていたのでは
        「原発なくそう」のブログでの発信ができません。


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         近頃身近な友人の訃報が相つぎ、いずれも私より年下とあってショックを受けている。
         彼の死を惜しみ、彼の無念さを想う時、彼の冥福を祈るだけでは済まない気がする。
         彼の遺言を私なりにしっかり「噛み」しめることを彼も望んでいるのではないだろうか。

by kame0401 | 2013-10-04 15:34 | kameの独り言 | Comments(2)