唐三彩の光彩

             唐三彩の光彩         私のガラクタ美術館

         今回のガラクタ美術館の収蔵品は、「唐三彩の盃」である。径55ミリ×高25ミリの小さなものだが、
         暑い夏の盛りに、せめて陶磁器の冷たい肌感覚を感じてもらえれば。
d0156718_17104277.jpg

         柔らかな釉薬の緑と白と赤褐色の三彩が織りなす光彩は日本人の好きな景色である。
d0156718_1711532.jpg

         唐三彩は本来明器(副葬品)として作られ、多くは墳墓から出土するものである。 と聞けば少しは
         涼しくなるかな。
d0156718_17112110.jpg

         唐代といえば、李白や杜甫など私の好きな詩人が活躍し、日本からは遣唐使が送られ交流が盛んな
         時代である。 こうして眺めると唐三彩の肌の艶は、千年の昔の華やかな時代の光彩を今に感じさせて
         くれるような気がする。


         師匠の言う「薄皮一枚のピントと蕩けるようなボケ」 とはいかないまでも、私には初体験の画像が・・・
         



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2013-07-26 06:54 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

ローソク能「弱法師」

             ECOろうそく能「弱法師」
  


         2013.6.15  山中能舞台    シテ 山中雅志師

d0156718_1634752.jpg

d0156718_165307.jpg

d0156718_20114889.jpg

d0156718_1758082.jpg

d0156718_17192987.jpg

d0156718_1861323.jpg

d0156718_1720822.jpg

d0156718_17202890.jpg

by kame0401 | 2013-07-20 15:52 | 能面雑話 | Comments(0)

夜中の華麗な変身

        真夜中の華麗な誕生      クマゼミの羽化


        夜來の雨も上がり、網戸から涼しい風が入るようになったが、まだ寝付けない。真夜中の一時である。
        思いついてニューフェースのカメラを持ち外へ出た。我が家のマンションの南側の大きなケヤキの幹を
        覗くとやはりあちこちでクマゼミの羽化が観られた。ほの暗い茂みに雨露が街灯の光に白く浮き上がる。 
d0156718_1111096.jpg

        まだ緑色の透明な翅だが、翅の支脈にも体液が行きわたり、もうすっかり伸びきっているのだろう。
        一切画像処理をしていない写真には、穏やかな自然のぬくもりが感じられるような気がする。
        Carl Zeiss Sonnsr F2 の冴えか35mmフルサイズセンサーの威力か、画像を拡大すると実感。
d0156718_11111777.jpg

        蝉の幼虫は地中で7年を過ごし、羽化すると僅か2週間足らずの寿命だという。これを儚いというのは
        果たして中っているのだろうか。 結婚するまでの時空を抜きにした人生論が無意味なように・・・・



・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2013-07-15 11:02 | カメラの眼で | Comments(0)

雨漏りの景色

         雨漏りの白丹波       日本的風景

         今年は梅雨らしい雨模様もないまま、連日酷暑のすえ梅雨明けを迎えた。
         今回のガラクタ美術館は「雨漏りの白丹波」である。梅雨の雨漏りが壁につくる滲みに見立てて
         このような焼物を「雨漏り」と称して好むのは、侘び寂に心を惹かれる日本人独特のものであろうか。
d0156718_14181175.jpg

         雨漏りの滲みは意識して付けられるものではない。中から永い年月を掛けて滲み出た模様である。
d0156718_19415599.jpg

        丹波名産の山椒の味噌付けや醤油付けを入れたのかもしれない、味わいのある滲みである。
d0156718_19411577.jpg

         昔からカメラが好きだった私は、パソコンとカメラの師匠Y君が先日来推奨する新製品のカメラを、
         とうとう我慢できずに買ってしまった。 早速試し撮りしてみてその画像の美しさに正直驚いた。
         35mmフルサイズセンサー搭載・2430万画素というだけのことはあると、高い買い物ではあった
         が早々に納得したことである。

by kame0401 | 2013-07-13 14:15 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

フィールドノートの一頁

          フィールドノートの1ページ

          「ペンション フィールドノート」の断片  2013.6.28~29
      


          「フィールドノート」とは、野外の調査研究の際に記録を記す小型のノートを指している。歴史上の
          著名な探検家も詳細な記録と克明な絵やスケッチを遺している。梅棹忠夫の幅広い調査研究の
          記録にも、多くのスケッチが添えられているのを見たことがある。カイラスを旅した長谷川伝次郎は
          現地で写真の現像をしながら記録を遺したと記している。
          現今のデジカメによる映像記録もその意味でフィールドノートの一端を担うものと考えられる。
          往時のことを考えると、デジカメの記録は質量共に極めて大量の情報を残せるという利点を持って
          いるのは事実だが、自筆の絵やスケッチにはその人の主観による主題と省略が鮮明で、その人の
          目が捉えた貴重な記録には写真に勝る価値があることを忘れてはならない。

          此処に挙げたデジカメの写真には、昆虫と植物・花の関係を記録したメモと言えなくもない。
          ただ私は研究者でもなく、かといってカメラマンの立場でもない。自然の命の輝きに魅せられた
          一人の老人の遊び半分・面白半分の戯れというのが本当だろう。
          
          私は、その写真に、あえて花の名前や虫の名を記すことを止めた。それはこれらの花や虫たちは
          自分にそんな名前が付けられていることを知らないし、知る必要も彼らにはないからである。
          それよりも地球の命の輝きに素直に感動し、それらの命を大切にするために私達人間に
          いま求められていることは何なのかをこそ知るべきなのではないかと。


d0156718_13482163.jpg

          花の形状により、花蜜を求め花粉を運ぶ蜂の種類が限定されることがあるという。進化の謎の一つ
          である。花はただに咲いているのではないらしい
d0156718_13491880.jpg

          昆虫の眼は紫外線をも観ているという。彼らの眼に映る花園はどんな世界なのだろうか
d0156718_13495279.jpg

          翅の模様と色にどんな意味と役割が隠されているのだろう、彼らは芸術家なのかもしれない
d0156718_13512850.jpg

         小型の蝶で翅の白い縁毛が際立って美しい
d0156718_21382155.jpg

         陽が昇らぬうちに葉の水玉の甘露を求めてきたのだろうか
d0156718_20135640.jpg

         蝶にも色の好みがあるのだろうか
d0156718_13534663.jpg

         何と美しい毛虫とだろう これから脱皮変態して蝶や蛾に 「華麗なる変身」とはこういうことなのだ
d0156718_1356989.jpg

         翅の形や立て方も 蝶のなかまのジェット戦闘機   悲しいかな近頃私は老化が進み動態視力が
         とみに衰えてこの蝶の飛ぶ姿を追うことや 止った場所を特定できないことが多くなった
d0156718_14293471.jpg

         空中で一瞬停止したかに見える蜂と目標の花との距離 その一瞬を狙ってシャッターを
         気が付くと緑の葉の中にも緑色の虫がいる 保護色と言うのは本当にあるのだ

        「フィールドノート」余禄

         家内の元同僚夫妻が20余年も前に華麗な脱サラをして建てた「ペンション フィールードノート」
         で過ごしたひと時の まさにフィールドノートの一頁なのである。信州の飯綱東高原の片隅にある
         私達の別荘?でもある。 ペンションの名前は彼等が共に生物の教師でフィールドノートの
         愛用者でもあり、何とも心憎い命名だと当時羨ましく思ったのを覚えている。
d0156718_1181436.jpg

         玄関の上には自らデザインして自ら描いた素敵な「フィールドノート」の文字も緑に埋もれている。
d0156718_1185293.jpg

         奥さんが夢に描いていたイングリッシュガーデンが20年の歳月を重ねていま見事に開花し、オープン
         ガーデンの日には遠くから訪ねる人も多いという。 数々の賞を受けたガーデンもさることながら、
         シェフの旦那が創る和諷フレンチも見事でペンションオープン以来の変わらぬ味わいと、ご夫妻との
         楽しいおしゃべりのひと時を愉しみに毎年訪れることにしている。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        「ペンション フィールードノート」のホームページ 
        http://www2.ocn.ne.jp/~momofiel/

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2013-07-11 22:19 | カメラの眼で | Comments(0)

復曲能「橋姫」

           復曲能 「橋姫」     井上裕久師 

           第2回復曲試演の会  京都観世会館   2013.6.30

d0156718_12251046.jpg



         今回復曲された「橋姫」は類曲の「鉄輪(かなわ)」とは、趣きも異なり、使用された能面の「橋姫」も
         元はこの曲のために作られたものだと謂う。能面は前シテには「孫次郎」が、後シテでは「橋姫」の
         上に「泥眼」を重ねて現れ、被衣を脱ぐと同時に「泥眼」の下から恐ろしい「橋姫」の面と赤地金鱗箔
         半切の姿に突如変身するのは見事である。 それにしても能面を重ねてかけるのは視界が更に狭く
         なるはずで、 どのような工夫が為されていたのであろうか、興味津々である。


d0156718_972486.jpg

         枕淋しき寝屋の月 影を便りに馴れ衣間遠になるや妻恋の 鹿の起伏し 音に立てて泣く計りなる
d0156718_975546.jpg

         其身のはてを顕さんと 悪鬼の姿に身を変じ 又こそ此処に来らんと いふ川風の橋の面に立隠れ
         失せにけり白波と共に失せにけり (中入り)
d0156718_981923.jpg

         さ筵に苔の衣を片敷きて 我を待つらん 宇治の橋姫
d0156718_99862.jpg

         百夜参詣の 願い叶ひて 忽に其形 忽に其形 さも恐ろしき鬼となって ・・・・・・

         橋にかけりて川波の 上をも走りて 柴舟の上に乗り棹さし川波の まきの板舟 踏み鳴らし 
d0156718_9101069.jpg

         宇治の山 暁の 雲に逢える 月の光りも 今は薄墨 書き乱したる 鬼神の 書き乱したる 鬼神の 
         形ハ消えて失せにけり

        詞章は京都観世会発行の「橋姫」より一部引用させて頂きました(乞うご容赦)

by kame0401 | 2013-07-03 07:21 | 舞台寸描 | Comments(0)