万博公園の春

           万博記念公園の春



         1970年の大阪万博は半年にわたり、6000万人が訪れたと言う壮大なイベントだったが、近くに住みながら
         私も家内も結局いちども観に行かないで終わった。当時は70年安保改定の問題から国民の眼をそらす
         目的があるとか反対の空気もあり、更にみんなが行くなら私は行かないと天邪鬼な気持ちも手伝っての
         ことだった。 いまは広い緑の公園になり、ときどき出かけているが、実に気持ちの良い空間で「太陽の塔」
         だけが当時を思い出させるものである。あれからもう40年も経っている。

         初唐の詩人 劉希夷(りゅうきい)(651-679)の有名な詩の一節を思い出す。 しかしこの作者は28歳の
         若さで世を去っていることを考えると、その歳でこの詩を詠むとは驚く外ない・・・

         私にも紅顔の美少年?だった頃があったのだ、そうなんだ!今は半死の白頭翁の私にも。


           代悲白頭翁        白頭を悲しむ翁に代わる(抄)

          古人無復洛城東     古人また洛城の東に無く
          今人還対落花風     今人また対す落花の風
          年年歳歳花相似     年年歳歳花相似たり
          歳歳年年人不同     歳歳年年人同じからず

          寄言全盛紅顔子     言を寄す全盛の紅顔子
          應憐半死白頭翁     應に憐れむべし半死の白頭翁
          此翁白頭真可憐     此翁白頭真に憐れむべし
          伊昔紅顔美少年     伊れ昔紅顔の美少年


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by kame0401 | 2013-05-30 17:32 | カメラの眼で | Comments(0)

夢か幻か水鏡にはクジャクが写る

        夢か幻か水鏡にはクジャクが写る 

         水鏡は時としてマジックミラーに
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         私って若しかしてクジャクになったんちゃう?         
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         綺麗でしょう 私アオサギなの  これ詐欺とちゃうで 
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         ではファッションショウといきましょうか

by kame0401 | 2013-05-24 18:16 | カメラの眼で | Comments(1)

山馬蝗箱根の巻

           山馬蝗箱根の巻
             2013.5.15 ~ 17


          中学以来70年の付き合いである 「山馬蝗(さんばこう)」の仲間で今年は2泊3日の箱根の旅をした。
          宿泊先の「エクシブ箱根離宮」が決まっているだけで、行きあたりばったりの旅だったが、終わってみると
          なんと「行きあたりピッタリ」の旅になり、見事に無駄なく存分に楽しむことが出来た。
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         箱根ガラスの森美術館での 「Vnice Acoustic Duo」の演奏は心地よい旅のひと時となった
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         バイオリン奏者  ALBERTO DE MEIS
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         アコーデオン奏者  SEBSTIANO ZORZA
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         ALBERTO DE MEIS

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        会場で買求めたCDに二人のサインをもらい、上のコラージュ写真の一枚はその時の記念写真
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        YouTubuで見つけた箱根ガラスの森美術館でのVnice Acoustic Duoの演奏をどうぞ




by kame0401 | 2013-05-18 11:13 | 旅のつれづれに | Comments(0)

普蘭(プラン)故城

          普蘭(プラン)故城

        私たちのチベットの聖地カイラスを目指する旅は、ネパールの首都カトマンズから北へヒマラヤ山脈を越えて
        チベットに入り、そこからランドクルーザー5台と、ガソリンやテント食料を積んトラック2台を連ねて、往復
        23日に及んだ。 平均4500メートルのチベット高原を白亜の峨峨たるヒマラヤの峰々を左に見ながら、
        5000メートルを越える峠をいくつも経て西へ西へとひたすら走り続けるのである。
        目的のカイラスの聖地ドルマ峠5600メートルを踏破するには、高度順化の必要ありとて10日目にインドの
        国境近きプラン3900メートルまで下りここで一日休養をとった。1996年6月のことである。

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        丘の上の廃墟は大きくゾン(城塞)の大きさには驚くばかりである。その中でゴンパ(寺院)はシャリパン・ゴンパ
        と呼ばれていたという。長谷川伝次郎の著書「ヒマラヤの旅」には、これと同じ角度で写した「タカラコート堡塁」
        の名でモノクロ写真が掲載されている。
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        プラン(タクラコート)は四周を雪の山に囲まれた静かな街で、ここまで下ると緑の木がありホッとするのである。
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     西蔵(チベット)を旅すると、あちこちにラマ教(チベット佛教)のゴンパ(寺院)が見受けられる。その中にはチベットの
     中心ラサのポタラ宮に代表されるゾン(城塞)と呼ばれるものがある。この廃墟もそのひとつで、それはかって政教一致
     のチベットにおいて行政官のいる砦でもあり寺院でもあるという存在だったようである。
     以前に紹介した1927年にここを訪れた長谷川伝次郎の著書「ヒマラヤの旅」では、インド側から入域した彼が
     このゾンを尋ねて行政官と会いチベットの入域許可を申請したことが記されている。当時はプランではなくタクラコート
     と呼ばれていたようで、破壊される前のこのゾンの姿が「タカラコート堡塁」として紹介されている。
     1966年から吹き荒れた文化大革命で巡礼が禁止され、寺院も破壊の対象になったという。この旅の間にもあちこち
     で車窓から廃墟になった寺院を目の当たりにした。長谷川伝次郎がここを訪れて69年後に、今は廃墟となった
     この地にこうして実際立ってみて感慨も一入深く、詩興もそそられたことである。
     1980年になり、チベット政策の誤りを認め巡礼も復活したのだという。  ヒンズ―教徒にとっても聖地である
     カイラスを目指して、現在はインドから多くの巡礼者が、ここから入域するという。

     それにしても文化大革命の嵐のすざましさと、人間の狂気のおぞましさに改めて戦慄を覚えたことである。
     それといつも思うことだが、雄大な風景を前にして思う感慨とは別に、廃墟に立ったときのあの独特の感慨は何なの
     だろうかと。 あの心を揺さぶる説明のつかない感慨は、人間の儚さを空しさを思い知るからだろうか。

by kame0401 | 2013-05-14 07:34 | 漢詩紀行 | Comments(0)

蝋燭能に見る羽衣

        蝋燭能に見る羽衣

        2013.5.3 第六回佐野町場ろうそく能  シテ山中雅志師


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         旧新川^_^住宅は泉佐野市の文化財に指定され「泉佐野ふるさと町屋館」として色んな催しに使われています。
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         今回の羽衣に使われる能面が私の能面教室のYさん作の「増女」とあって写真撮影を引き受けました
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         漁師は「天人の舞」を舞うことを条件に天女に羽衣を返すことを約束しますが、先に返すと舞を舞わずに天に
         帰るのではないかと言います。 それに対して天女は「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」と返します。        
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         漁師から羽衣を返してもらった天女は袖を翻して舞を舞い、やがて澄んだ空の彼方へと消え失せます。
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         ローソク能とあって光線不足の中での撮影は、難しくまぐれあたりの幾枚かをご覧あれ
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         能面を打つ者にとって、舞台で能に使って貰えるのは何にもまして嬉しく、至福のひと時なのです。

by kame0401 | 2013-05-08 11:11 | カメラの眼で | Comments(0)

ヒオドシチョウの勇姿

         ヒオドシチョウの勇姿   端午の節句に

        今年もはや新緑の季節を迎え、床の間には何時ものように義父から譲り受けた鎧兜の軸が掛かっている。
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        この義父譲りの軸は土佐光長とある。真贋は例によって不明だが五歳で夭逝した長男の節句にと買求め
        たのであろう。 その後男児に恵まれず、四女の家内が生れた時、義母は今度こそ男の子をと期待して
        いただけに、産婆さんから女の子と聞いてポロリと涙が出たと後年になりそんな話をしていた。
        家内はそんな母の期待を受けて生れたためか、男みたいだけど本当は「女らしい?」子に育ったとか・・・


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        ヒオドシチョウのヒオドシとは鎧の緋縅(ヒオドシ)から来た名前だが、いかにも緋縅を連想させる色柄である。
        五月の節句に合わせて手持ちの写真の中から一枚を・・・・緋縅が少しすり減っているところは歴戦の戦績を
        物語っている。 蝶の中にはテリトリー(縄張り)を持ち、同じ場所を占有して侵入者を追い払う習性をもつもの
        がいる。 このヒオドシチョウもそれで飛び立っても直ぐに元の場所に舞い戻るので撮影するには都合が良い。
        こうして写してみると、造化の神の賜物である生命の輝きにはただただ感心させられるばかりで、万言を費や
        しても言い尽すことは出来ないし、絵にも描けない美しさである。 芭蕉が奥の細道のなかで、松島を讃えて
        「造化の天工いづれの人か筆をふるひ、詞を尽さむ」 と書いたあれである。

        

by kame0401 | 2013-05-05 13:53 | カメラの眼で | Comments(0)

SINCOPA 春ライブ

          SINCOPA 春ライブ
 
          ARGENTINE TANGO UNIT 2013.5.1 ミスターケリーズ

          ゴールデンウィークと言っても、私は365連休・サンデー毎日の日々を送る身であるが、雑踏の梅田を通り抜け
          ライブハウスのミスターケリーズへ。  ARGENTINE TANGO UNIT のSINCOPA 春ライブを愉しんだ。

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          例によってビールを飲みながらパンフやコースターの裏に落書きを
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          かぶりつきの席で超絶技巧のYu-Maのバイオリンに酔いしれ、至福のひと時を




          YouTubeで見つけた「Imagenes (イメージ)」は当日の曲目の一つ


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by kame0401 | 2013-05-02 17:39 | kameの独り言 | Comments(0)