kameの舌跡

                   kameの舌跡   ① 喫茶店きのう今日

             引きf出しの奥から出てきた古いマッチ箱は昔懐かしい喫茶店「アメリカン」のもの
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             足跡ならぬ「舌跡」とはいかなるものか。足跡がその人の足で訪ねた先々の記録なら、
             その人の舌で訪ねた記録である。あれは美味しかった、あそこで食たあの味は忘れら
             れないなどなど人生の旅には食べ物にまつわる様々な思い出が尽きぬものである。
             これを「舌跡」と呼んで掘り起してみようという「kameの舌跡きのう今日」である。

            
             喫茶店は世の移ろいの中で様変わりしたものの一つだろう。スターバックスなどセルフ
             サービスの喫茶店は馴染めず、今でもほとんど利用しない。 漫画喫茶、インターネット
             喫茶なども含めて私の中では喫茶店の範疇に入らないからである。

             むかし毎日のように通っていた私の馴染みだった喫茶店は、大阪梅田の「ジャバ」、
             心斎橋の「BC」、難波の「カーネス」どれもかなり以前に消えてまった。
             いずれも独身時代に同僚の今は亡きI君との思い出の場所でもあり、結婚してからは
             家内と頻繁に入り浸っていたところである。梅田のジャバはおおきなソファーがあり
             ゆったりとした明るい雰囲気の店で、I君と何話しすることもなく黙って永い時間を過ごし
             ていた。カーネスは南で飲んだ後に、オーナーの老夫婦のいれる美味しいコーヒーを
             目当てに寄って帰るのが常だった。心斎橋のBCだけは、大学時代から通っていた店
             で、男性の帽子などを売る店の2階に有り、通りからいきなり狭い急な階段を上る所も
             気に入っていた。喫茶店らしい雰囲気に満ちて冬になると石炭ストーブに火が入った。
             当時は煙草の煙がもうもうとしていたように思う。オーナーの老夫人も時々顔をみせていた。  
             家内を初めてこのBCに誘った時、彼女は高校時代からこの店によく来ていたというから
             驚いた。当時彼女の家は心斎橋で紳士服のテーラーだったので友人とよく利用していた
             というから不思議な縁である。当時店内を見渡せば可愛い子がいたはずだと家内はいう
             のだが、私にはそんな記憶が全くないのは不思議である。

             独身のころ私の部屋の鴨井の上には、これらの喫茶店のマッチがずらりと並んでいて
             訪ねてきた人を驚かしていた。当時の喫茶店といえばマッチがつきもので、名の知れた
             喫茶店は画家の洒落たデザインのものを定期的に替え、私の収集癖をくすぐった。
             残念ながら今それらのマッチ箱は上に挙げた「American」以外に残っているものはない。
             いま思えば惜しいことをしたものだ。
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             山のアルバムに貼ってあった一枚、マッチは広告媒体だったのだ。


             そういえば、喫茶店からマッチ箱が消えたのはいつ頃だったのだろう。禁煙の風潮が
             後押しして、いつの間にかマッチ箱は消えていた。広告媒体としてのマッチ箱もその命
             を終えティッシュペーパーが広告媒体として現れたのだ。

             煙草は最近すっかり悪者にされてしまい可哀そうな気がする。喫茶店でコーヒーの傍ら
             ゆっくりと揺らぎながら立ち上る紫煙には独特の情緒があった。 モノクロ映画の銀幕
             で名優の燻らす煙草の持ち方やマッチを擦る仕草に憧れて、未成年の学生だった私が
             煙草を吸ってみようとしたのは自然のなりゆきだった。当時は煙草も配給で、煙草の葉を
             手で巻く簡単な道具が考案され、英語の辞書のインデアン紙という薄い洋紙が巻き紙とし
             て最適とされていたことを思い出す。成人して煙草も自由に手に入るようになると天邪鬼
             な私は煙草を吸うのをやめていた。


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by kame0401 | 2013-04-25 17:40 | kameの独り言 | Comments(0)

求塚

            求塚      舞台寸描(13)

            2013.3.23 大槻能楽堂  喜多流 シテ友枝昭世師

         二人の男に言い寄られた一人の処女が、その選択に苦しんで生田川に投身し、
         二人の男も互いに刺し違えて死んだ。そのため女は地獄に堕ちて苦患を受けるが、
         その間にもなほ執心を捨てかねている様を題材とした能である。
         前段の美しさと後段のもの凄さとが相俟って、名曲の一つとされるのも頷ける。
         久方ぶりに筆を執った後シテのなぐりがき舞台寸描を・・・・・・・

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         いつまで草の陰  苔の下には埋れん  さらば埋もれ果てずして  苦は身を焼く  
         火宅の栖ご覧ぜよ  火宅の栖ご覧ぜよ

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         あら痛はしの御有様やな  一念翻せば無量の罪をも免るべし

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        鬼も去り  火炎も消えて  暗闇となりぬれば  今は火宅に帰らんと  
        ありつる栖はいづくぞと  あなたを尋ね  こなたを  求塚いづくやらんと  
        求め求めて辿り行けば  

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        求め  得たりや求塚の  草の陰野の露消えて  草の陰野の露消え消えと 
                
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        亡者の形は失せにけり  亡者の形は失せにけり 
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by kame0401 | 2013-04-17 08:31 | 舞台寸描 | Comments(0)

再び翁に遊ぶ ガラクタ美術館  謎解きの巻 

   


            再び翁に遊ぶ        ガラクタ美術館  謎解きの巻 

         昨年の一月に、この能面「翁」をこのブログで取り上げたことがある。それは裏面に刻まれた刻印のうち
         解読出来ない一文字についてであった。下の写真に示した能面の裏に刻まれた四文字「十千沽?」のうち
         最後の一文字が読めなかったのである。
         ところが先日、篆刻家の友人が、同じく書家の友人と一緒に我が家に遊びに来られたので、例の懸案の
         翁を見せて、そのことを話したら流石さすがで、帰られて早速メールで謎の字は「酒」だとお教え頂いた。
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         前回にも紹介した中国の漢詩を再掲するが、謎の四文字「十千沽?」は盛唐の詩人崔敏童の有名なこの
         漢詩を踏まえたものであることはほぼ間違いないと思われる。


         宴城東荘   城東の荘に宴す      崔敏童(さいびんどう) 作

         一年始有一年春   一年始めて 一年の春あり
         百歳曾無百歳人   百歳曽て 百歳の人なし
         能向花前幾囘醉   よく花前に向って 幾回か酔わん
         十千沽酒莫辭貧   十千もて酒を沽う 貧を辞することなかれ


         (註) 「十千」(じっせん) … 一万銭のこと。魏の曹植(192~232)の「名都篇」に
                           「帰来宴平楽、美酒斗十千」とあるによる。
             「沽う 」(か)う… 買う。

         一年の始めには、必ず春はやってくる。
         人生百歳と言うが、百歳まで生きた人は誰もいないのだ。
         春の盛りに、花を肴に酔うことが出来るのは、これから先、何回あるというのだ。
         さあ飲もう、一万銭で美酒一斗買って宴会だ、それで貧乏したって構うもんか。


        
        
         さて、本題に戻って、この翁の面に刻まれた文字は、一万銭で何を買うと書いているのだろうと言う謎は、
         この漢詩の字句をそのまま「十千沽酒」と刻んでいるということになったわけである。

         その昔、なけなしの銭を叩いて此の翁面を手に入れた元の持主は、この詩を踏まえて「人生そんなに永く
         ないんだ、気に入ったものを購めて、それで貧乏したって構うもんか」
とその心意気をこの四文字に託して
         刻んだのだろう。それにしても、漢詩を踏まえて更に酒の一文字には篆書体の酒を置いたところなどは、
         この翁の持ち主は学識豊かな文人であり、改めて先人の遊び心にも脱帽した事である。

         これが謎解きの顛末であり、ガラクタ美術館の逸品は、こうして謎が解け翁を介して先人と二度も遊ぶことが
         出来、さらに愛着を深めることになったわけで、それにつけても持つべきものは佳き友人である。

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        これは懸案の難問を見事解決してくれた篆刻家の友人に以前から頼んでいたもので、見事なのは当たり前だが、
        重ねてお礼を申さねばならない。

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        「不二天山」は私の雅号で、昔から山が好きな私が山頂で遊んでいるようなこの刻印は私にぴったりの雰囲気
        で早速ガラクタ美術館の蔵品に登録したことである。

        ついでに余談を一つ、「不二天山」の不二は藤本のフジであるが、実はこの不二には別の想いいれが籠められ
        ている。 それは昔の有名な能面師は秀吉や家康から天下一の称号を名乗ることを許され、能面の裏に
        「天下一是閑」「天下一河内」などの焼印を捺していた。私は能面の裏に焼印や名前を入れない主義なのだが、
        私の能面は天下一ではないけれど、天下に二つとない「不二」なのは確かだから、その想いも籠め雅号印に
        「不二天山」と刻んでいるのである。

by kame0401 | 2013-04-09 16:59 | 私のガラクタ美術館 | Comments(2)

恋路のお邪魔虫

         恋路のお邪魔虫   大正川の春爛漫 


        目出度く結ばれたモンシロチョウカップルのところへ、次から次へとお邪魔虫が・・・・
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        その子な、俺の彼女やったんやで どいてんか

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        おーい、ちょっと代わってくれへんか

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        どー見たかて、わしの方が男前やと思うけどな

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        ゴッチャゴチャやで、どさくさに紛れてあかんやろか

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        今はおんぼろやけど昔はこれでも結構モテたんやで

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        場所変えよ、あないに寄ってきょったら気分でーへんがな・・・・



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by kame0401 | 2013-04-06 10:51 | カメラの眼で | Comments(0)

背割堤の桜満開

          背割堤の桜満開 

         四月一日は私の誕生日、幸い天気も上々とて、花見弁当持参で家内と淀川背割堤の桜見物にでかけた。
         木津川と宇治川を分ける背割堤の桜のトンネルは1.4キロ・250本の桜の大木はそれは見事なものだった。
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         背割の堤の桜を眼前にすると、左奥の対岸には新緑の天王山が、振り返れば手前の対岸には男山が
         桜混じりの新緑に彩られている。座り込んだ草の筵も花筵で贅沢な花見の宴となった。 しかし春の盛りに、
         花を肴に酔うことが出来るのは、これから先、何回あるのだろう。ふとそんなことを考え、中国の詩人が
         詠んだ有名な漢詩の一節 「能向花前幾囘醉」(よく花前に向って幾回か酔わん)に想いを巡らせている
         自分がそこにいた。
  
 
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         背割堤の歴史を紹介しよう。木津川・宇治川・桂川の三川が合流するためこの辺りは昔から氾濫洪水に
         悩まされてきたところである。 古くは淀城の辺りで木津川と宇治川が合流しており、その上には巨椋池と
         言う巨大な遊水地があり洪水の時は氾濫原となったところである。1800年代の後半に明治の大洪水があり、
         1910年に今の三川合流地点に付け替えられたという。しかし1917年に大正大洪水があり三川の合流を
         ずらすため背割堤が設けられたのだということだ。巨椋池も干拓されて農地になりいまは面影もない。
         背割堤には1970年までは松が植えられていたがマツクイ虫の被害を受けてソメイヨシノが植えられ、
         1988年から一般開放され背割桜として喧伝されるようになった。初代の名残か所々に残るエノキの巨木
         にも負けぬくらいに桜も大木になり、大きな枝が堤の下まで垂れて見事な風情である。

by kame0401 | 2013-04-03 07:33 | 旅のつれづれに | Comments(0)

遠き日の夢

          遠き日の夢     遥けくも来るものかな八十路まで

        1932.4.1生れの私は昨日で満81歳になった。虚弱児だった私がここまで生きてこられたのは、
        天の定めなのだろうが、振り返ってみると感慨深いものがある・・・・・・・

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      この色あせた一枚の写真は、私が写っている写真のなかで一番古いものである。お袋の膝の上でどんぐり眼の
      可愛い?のが私。 まだ妹や弟は生れていないが、撮影の日付がないので何歳かは不明。
      親父も長兄や姉の生れた時はガラスの乾板カメラを買ってきていろいろ写していたが、私が生れた頃はもう
      飽きたのか一枚も遺していない。私は男兄弟四人の三男であるが、長兄40代、弟50代、次兄60代で亡くなって、
      生き残っているのは私一人である。 

      小学校入学の前年に腸炎で死に損なった私は、お腹がいつもごろごろいう万年下痢気味の虚弱な、引っ込み
      思案の、そのくせ強情な子供だった。脚気だった母が上の子に母乳を飲ませ、それが原因で脚気衝心で死なせた
      ことから、私は母乳を飲ませてもらえず米粉の重湯で育てられ免疫力が弱かったのかもしれない。

   
      そんなへなちょこ軍国少年の私が敗戦を迎えたのは、中学2年生の時だった。敗戦後の食糧難は酷いもので
      食糧は大豆油の絞り滓を混ぜた米が配給されたり、遅配・欠配・あげくに配給棚上げまであった。闇米を食べないで
      飢え死にした判事が新聞で大きく報じられた時代である。、サツマイモや南京の葉や茎、野草などでとにかく腹を
      ごまかしていた。当時の落下式のぼっとん便所で自分のウンコが緑色をしているのを見て驚いた。その瞬間に、
      小学校で飼っていた蚕の糞が緑色だったのを思い出し唖然としたのを覚えている。

      しかしである、この悲惨な食糧不足で緑の糞をだすようになって、気が付くと私の腸はいつの間にか丈夫になり、
      少々変な物を食べても腹をこわす事もなくなっていた。思えば、あの虚弱児のままでは到底81歳の今日までは
      生き延びることは不可能だったであろう。もし戦争が続いていれば、徴兵で狩りだされ過酷な戦場で野たれ死の
      運命だったろう。

      私にとって敗戦と言う悲惨な体験が結果的に私の肉体を、いや精神をも極めて逞しくしてくれたと思っている。
      「人間万事塞翁が馬」と言うのがあるが、まさにこれである。 
      この写真に写る私はまだ将来を夢見るには幼すぎたであろうが、このあと軍国少年になった私だが虚弱な体では、
      海軍兵学校は叶わぬ夢だった。私にとって確かな記憶に残る「遠き日の夢」は敗戦後の育ち盛りに腹ペコで毎日
      「腹いっぱい食べる」ことだけを夢見ていたことである。 いる想えばなんと懐かしくも苦い夢ではある。

      当時、今日のような飽食の時代がくるとは夢にすら思わなかったが、「腹いっぱい食べる」ことができるようになって
      みると今度はダイエットに苦労することになり、これまた「人間万事塞翁が馬」である。 「禍福は糾える縄の如し」
      という諺もある、良くも悪くも人生長生きすれば色々あるということだ。     

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by kame0401 | 2013-04-01 11:50 | kameの独り言 | Comments(2)