奈良芝能「野守」

           奈良芝能「野守」    平成25年3月16日(土)


         
         第一部 奈良県文化会館小ホール  解説とワークショップ
         第二部 奈良県庁舎正面前広場   芝生舞台 能「野守」・黒頭天地乃声  シテ山中雅志師
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         昔この野に住みける鬼のありしが、昼は人となりてこの野を守り、夜は鬼となって
         これなる塚に住みけるとなり、されば野を守りける鬼の持ちし鏡なればとて、
         野守の鏡とは申し候
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         東方、または南西北方を映せば八面玲瓏と明らかに
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         天を映せば非想非々想天まで隈なく
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         さて又大地をかがみ見れば、地獄の有様を現す一面八丈の、浄玻璃の鏡となって
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         すはや地獄に帰るぞとて
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         大地をかつぱと踏み鳴らし 大地をかつぱと踏み破って奈落の底にぞ入りにける
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         これは泉佐野市にある「蟻通神社」に伝わる古い「大癋見(オオベシミ)」と言う能面だが、
         箱書きには明和年間に氏子の旧家に代々伝わったこの面を奉納したと記されている。
         神社では「雨降らしの面」として古くから雨乞神事に用いられたものだという。
         雨降らしの面では世阿弥が使ったと言う佐渡西法寺の異形の「神事面癋見」が有名だが、
         岡山県七社八幡宮に伝わる「翁白式尉」は水で洗うと雨が降るという伝説があるという。
         豊橋の比売天神社では女面が使われ、水で灌がれたため彩色は殆ど剥落しているという。

        
         さて今回の大癋見もかなり古く、少し変わった癋見であり全面がかなり白く剥落しているのは
         雨乞いの時に水で洗ったためかも知れないなどと想像を膨らませてみたくなる。
         当日は佳い天気だったのが、能が始まると怪しげな風が吹き始め野守の黒い頭を逆巻き
         やはりと想わせるものがあり、話題にしながら帰途についたことである。

by kame0401 | 2013-03-27 18:46 | 能面雑話 | Comments(0)

丁と頁の文明開化

  
             「丁と頁の文明開化」   

          先日友人から恵与された志賀重昂著の「日本風景論」、明治27年発行されたものである。、文語体の
          記述は今となっては馴染み憎いもので、贈ってくれた彼も持て余したのかもしれない。
          志賀重昂といえば明治の著名な地理学者でこの「日本風景論」は名著とされたものである。
          この本は日本山岳会が創設70周年記念に「、日本の山岳名著」の一冊として選ばれ復刻されたもの
          だとあり、興味をそそられたたが、やはり難解でしんどい本ではある。しかしこの本を読み進める中で
          奇妙なことに気が付いた。それは文明開化の中で起きた歴史の一ページである。

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          「竹外二十八字詩」は、攝州高槻藩の藤井竹外の漢詩集で二十八字詩とは七言絶句の起承転結の
          七言を合計すると二十八字になる所から来ている。竹外は頼山陽に師事し、七言絶句では右に出る
          者はいないとされたという漢詩人である。

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          この「竹外二十八字詩」のような和綴じの本と「日本風景論」とでは印刷製本のしかたが違うのである。
          
          当時和綴じの本は和紙に木版で、片面印刷で刷られ、袋綴じをし、その袋になる一枚を「一丁」と呼び、
          折り目になる部分に所謂「丁づけ」を付けるのが普通であった。 いまでも原稿用紙の中央にその丁づけ
          部分の名残があるものがある。製本ミスで所謂ページが抜けたり順序が乱れているのを落丁とか乱丁と
          いうのは、ここからきている。
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          本題に戻ろう。「日本風景論」を読み進めていて気になったことである。それは{丁」と「頁」の混用である。
          目次では「丁」を使いながら、本文で各頁に番号を付けて、正誤表の表示も頁である。それは「丁」を「頁」と
          同じ意味に誤用しているとしか思えないのである。「日本風景論」は紐で綴じて和本のように見せながら 
          中身は洋紙に両面印刷した所謂活字印刷である。従って各ページにはページ数が付けられ、「丁づけ」
          ではない。文明開化の渦の中での混乱の縮図を垣間見た気がしたことである。

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          処で、文明開化の中で新しい言葉が次々と入ってくると、それに対応して「珈琲」とか「煙草」という言葉が
          作られた。さてページに対して「頁」という字が充てられたのは何故だろうか。「珈琲」や「煙草」は近い音
          の漢字や近い意味の漢字を充てているが、頁は「ケツ」という音しかない。
          なんでも調べて行くと面白い意外な事が判ることがあり楽しいが、「頁」も私の中では近頃のヒットである。
          「頁岩(ケツガン)」という岩石があり、堆積岩の一種で微細な泥の粒子が水中で堆積したものが脱水・固桔
          して出来たもので、堆積面に沿って薄く層状に割れやすい性質がある。ページに頁の字を充てたのは、
          この薄く割れる性質からだろうという説が、諸説ある中で私は秀逸だと思った。
          ついでに頁岩はシェール(shale)と呼ばれ、今注目されているオイルシェールもその一種で古くて新しい
          話題であるのも面白い。

          いままで「ページ=頁」で何の疑問も抱かなかったのに、志賀重昂著の「日本風景論」が調べるきっかけを
          作ってくれたし、文明開化を潜り抜けた日本文化を考える機会にもなり、この本を恵送してくれた友人K君にも
          改めて感謝しなければと思う。

by kame0401 | 2013-03-21 20:33 | kameの独り言 | Comments(0)

熱気球よ永遠なれ

    熱気球よ永遠なれ  1986.8.14 マサイマラの空に

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  乗熱気球遊覧                 熱気球に乗り遊覧す     


  浮上  中原  熱気球         浮上  中原  熱気球

  信風  漾々  意悠々         信風  漾々  意悠々

  非州  天地  無辺際         非州の  天地  辺際無く

  瞰下  群牛  幾萬頭         瞰下  群牛  幾萬頭


       (註) 非州とはアフリカをさす


  遥けくも   来るものかな   朝まだき   遠きケニアの   サバンナに

  悠々と   音なきみ空   熱気球   漂う吾は   風まかせ

  眼下には   気球の影の   流れゆく   望み果てなき   草の海

  見はるかす   地をば覆うか   幾万の   生きとし生ける   いのち輝き




私は1986年に家内とキリマンジャロ登頂のあと、ツアーから離れてマサイマラ国立公園で
熱気球に乗る機会を持った。「バルーン・サファリ」と言う企画で早朝の気流の安定している
時に熱気球にのる。バーナーで気球を膨らませて浮かび上がると、バーナーの火を止めて
ゆっくりと漂う。全く音のない世界で眼下にはキリンや象やヌーの群れが見える。1時間ほど
の飛行中、地上にはジープが追いかけてきていて、着地の作業をしてくれる。無事に着地する
とその場でシートを広げて朝食が始まる。シャンパンを抜き乾杯である。キリンが覗きこむ
素敵な朝ご飯で幸せなひと時である。それが終るとジープに乗り込みサファリに出発だ。
車で近づいても彼らは悠々と逃げもしない、此方が見物されているような感覚を覚える。
上に掲げた。「バルーン・サファリ証明書」には観察出来た動物の名前にチェックが入り、
バルーンのパイロットのサインがされている。当時結構高い料金だったように記憶するが
それだけの価値はあると感動したのを覚えている。

エジプトのルクソールで起きた熱気球の事故は、余りにも痛ましく悲しいものである。
私が乗った当時から着地は危険が多く事故も耳にしていた。
ある人が言うに、飛行機の着陸は、いうなれば 「ゆっくり墜落する」 事なんだから、もともと
危険なものなんだと。 熱気球にも同じことが言えるのだろう。
しかし熱気球の魅力は体験してみると捨てがたいものがあり、安全対策に万全を期して
是非存続して欲しいと願うや切。

by kame0401 | 2013-03-13 20:25 | 漢詩紀行 | Comments(0)

水温む大正川  2013.3.9

       水温む大正川  2013.3.9   今日はウナギだアオサギ君

       一昨日に味をしめて、今日も温かい午後の大正川に出かけてみた。 そしたら、なんとアオサギ君が
       「タウナギ」を獲るところに出くわした。 咥えては振り回し、叩きつけてはまた咥え、そのタウナギとの
       5分間にも亘るアオサギ君の奮闘は見事なもので、カメラも必死でシャッター100余回。
       帰宅してみると家内が、なななんと我が家も「ウナギ」だというではないか。 今日はウナギの厄日かも

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        何か狙ろとるで このアオサギの兄ちゃん  (15時15分)
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        おっ! 咥えとるがな  でっかい「タウナギ」やんか!
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        咥えた瞬間飛び上がりよったで
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        ハハーン 逃げられんよう 陸で料理しようて算段やな
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        叩きつけたんか それとも逃げられたんやろか
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        こら 逃がさへんで
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        今度こそ 咥えたら最後やで
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        どや もうあかんやろ
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        頭から丸呑み  こりゃ 旨いがな  
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        長い奴やさかい一気飲みとはいかへんけど  この喉ごしが堪りまへんな 
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        ああ 食後の水も美味しいしな  ご馳走さんでした  (15時20分)

LUMIX GX1 M.ZUIKO 75-300mm
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by kame0401 | 2013-03-09 18:06 | カメラの眼で | Comments(2)

水温む大正川  2013.3.7

       水温む大正川  2013.3.7
    


          今年は寒い日が続いたが、今日は温かく気温も上がり、水温む大正川を探訪してみた
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          見惚れるばかりの「マガモ」の雄
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          「バン」クイナの仲間で前から見掛けていたが、枯れた葦の陰に潜み、撮影出来たのは初めて
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          蒲の穂が崩れて綿毛が川面を舞う
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          越冬していた「ヒメアカタテハ」も温かいので姿を
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          「アオサギ」の艶姿
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          翅を広げて上から猛然と獲物に突入   さて獲物は? 
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          アオサギ君頑張って咥えたが、獲物が大きすぎて落としてしまう その瞬間を見事に偶然に!
          そうなんだ、冬眠していた「ウシガエル」も動き出してるんだ



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by kame0401 | 2013-03-07 21:12 | カメラの眼で | Comments(0)

もう一つの「能・井筒」

        もう一つの「能・井筒」    井筒ゆかりの高安の郷で
        
             「高安薪能」 井筒  シテ山中雅志師  玉祖神社 2012.19.20
 


  
       ここ高安は高台にあり大阪平野が見下ろせる絶景の地である。折しもススキの穂が風に靡き、井筒の舞台に
       相応しい雰囲気を漂わせていた。
       この高安には、能楽の高安流と言うのがあり、当日も高安流ワキ方宗家の高安勝久師や高安流太鼓方の
       高野彰師が出演されていた。

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       この写真は山中雅志師から頂いたもので、昨年の10月20日に八尾市の高安にある玉祖(たまおや)神社で
       催された「高安薪能」で演じられた師の「井筒」である。社殿の円い明かりがススキの陰の満月のようにも見え、
       拙作の能面「若女」も佳い表情をしている。この若女は先の能面展の案内葉書やポスターに使ったものであるが、
       ひょんなことでこの「井筒」に使ってもらえることになった強運の能面である。
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       10月29日といえば、11月3日の家内の井筒演能直前であるし、それも同じ井筒を師の山中雅志氏が演じられ、
       さらにここは在原業平が通い続けた井筒ゆかりの高安の郷となれば、何を擱いても・・・・・・・

by kame0401 | 2013-03-05 17:54 | 能面雑話 | Comments(0)