旅の道連れ 

       kameの足跡・旅の道連れ      私の筆箱

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       これは元々眼鏡入れとして作られたものでガラクタ美術館系のものである。
       鮫革が張ってあり綺麗なもので、筆箱にして旅のお供を願っている。スケッチ用の鉛筆や彩色筆、
       それに50年余りも使い続けているパーカー万年筆などを入れている。 根付けとして付けている
       のは能面仲間のY氏作のミニ能面で精緻な彫が素晴らしいものである。
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       鮫革と言うのは、ホントはエイと言う魚の革だそうで、サメ肌などと言うようにざらざらしている
       ので、滑り止めの役割で刀の柄に張ったり、板に張って山葵下ろしに使われてきた。
       それとは別に磨きをかけると見事な肌合いが現れるので、この眼鏡入れのように装飾的にも
       珍重されてきた。私はこの肌合いが好きで、自分でエイの革を磨き、愛用のカメラやiponeに
       張り付けて愉しんである。筆箱やカメラは旅のつれずれに、ブログのネタを記録する大切な
       道具・道連れであり、間に合わせでは気に入らず、変なところに凝るのが私流である。
       ガラクタ美術館長の道楽・暇つぶしと笑われても、本人は結構気にいっている。
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       私の「面白半分・遊び半分」のブログも2年半を越え、相変わらずの駄文を重ねている。
       「kameの足跡きのう今日」は、80年まえの昨日から、今日の今まで時空を越えての記録で、
       来年も、よろよろしながらkameの足跡を記して行こうと思ってる。 では佳いお歳を・・・・・

by kame0401 | 2012-12-28 10:27 | 私のガラクタ美術館 | Comments(2)

SINCOPA arugentine tango unit

arugentine tango unit
SINCOPA



私の若かった1950年代、早川真平の「オルケスタ・ティピカ東京」とタンゴの女王「藤沢嵐子」が一世を風靡
したタンゴブームがあったのを覚えている。私には、それ以来のタンゴである。
SINCOPAを教えてくれたのは私の友人Y君で、彼は先頃発売されたSINCOPAのファーストアルバムの
CDジャケットの写真・デザインを手掛けている。
ほんとに半世紀ぶりに聴く、生のタンゴ演奏は舞台寸描も途中で筆を擱き、ひたすら綺麗な音色と迫力に、
酔いしれたひと時だった。

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  argentine tango unit
  SINCOPA
  2012.12.19
  RUGTIME OSAKA


























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  Piano
  綾部美和子
























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  Bandoneon
  力石ひとみ




















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  Contrabass
  荒玉哲郎






























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  Violin
  Yu-Ma



*SINCOPAの演奏を下のYouTubeでお聴きください>写真の中央の矢印をクリックして下されば演奏が始まります


*わが青春の歌姫藤沢嵐子の歌声を下のYouTubeでお聴きください>写真の中央の矢印をクリックして下されば演奏が始まります


by kame0401 | 2012-12-22 11:03 | 舞台寸描 | Comments(0)

旅の道連れ

         kameの足跡・旅の道連れ      私の絵具箱

      私が旅のつれずれに、描く絵は、出来るだけ現地で彩色をするようにしている。山に登ることも
      多い私は、歳の事もあり荷を軽くすることに、最大の努力と工夫をしており、絵の道具もしかり。
      絵具はウィンザーニュートンの固形透明水彩で、ここに紹介する二つも共にウィンザーニュートン
      社製の絵具セットを加工してセット出来る色の数を増やしている。
      これで、旅の途中に何処でも彩色が出来るので、レストランのコースターの裏に絵を描いたり、
      先のヘギの裏の悪戯描きも出来るというものだ。

      下段の市販のものが、14色なのを、筆を入れるところに6個追加して20色セットにしている。
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      これは、ふたの裏のパレット以外に、絵具の下からパレットが引き出せるようになっており、
      真ん中の穴に下から親指を入れて支えられるのは面白い工夫である。
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      下段の市販のものが、12色なのを、水を入れる小さな水筒や海綿を入れるところを、全部はず
      して更に22色詰め込み、何と34色セットに変身させた。
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      蓋は筆洗になっているので、2か所少し削って筆が滑らずに置けるように加工をした。
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      彩色のときの参考に、共に色見本を作って絵具ケースに入れている。
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by kame0401 | 2012-12-20 17:12 | 旅のつれづれに | Comments(2)

旅日記「開田高原の秋」 (その3)

          旅日記「開田高原の秋」 (その3)     kameの足跡・1960.10.7~


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 10月9日の(続き)

         楓の紅葉の間に益田川が白く光っている。瀬音が谷にこだまし、光に満ちた街道である。
         コゲラが啼く。朴の木の紅い実をゴジュウガラが突いている。
         濁河との出会いを過ぎる(1:00)。対岸の上で斧の音がする、バリバリと大木が崩れ落ち
         る音。ススキの陰に野麦の里が見えてきた。岩走る清水に口をつける、冷たい。ホシガラス、
         桂の紅葉が浮かんだように美しい。ホシガラスの啼く野麦の里はソバの軸が紅く、ヒエも熟し
         ている。この山里もいま穫入れで忙しい。ヒエを山のように背負って子供達までがせっせと
         運んでいる(1:30)。寄合渡まで4里だという。今日のうちに野麦峠を越せそうだ。本谷出会(2:00)。
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         半時間ほど行くと広い道と分かれて左へ峠近道と言う道標。コガラ、いよいよ峠の登りが始
         まる。瀬音がどんどん遠くなっていく。じぐざぐ路でヤマカガシが這う。山桜の葉が美しい、
         大きな栃の木の下で休む、流石に登りにかかると汗が流れ、心地よい風が頬を撫でてゆく。  
         はるか下に早や西に傾き始めた秋の陽を受けて野麦の里が光っている。ポトンと栃の実が落ちる(3:00)。
         オオカメノキの紅葉は赤紫、それに赤と黒の実が美しい。尾根に取っ付く。
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         御堂がある、地蔵尊と書いた白い幟が二本ボロボロになって立っている。
         乗鞍岳が真正面だ、殆ど雲に閉ざされているのが、かえってその高さを計り知れないものに
         して、素晴らしい。風を切り唸りを残してアマツバメが盛んに行き交う。
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         路は山の稜線添いに巻き、やがて峠に出た。野麦峠は開けた峠で、五輪の石塔が一つと、
         木の柱だけで組んだ門があり、関所のような構えである。峠の路はそのまま信州側へ急な坂
         で下っていた(3:50)。アマツバメがまた耳元を飛び過ぎる。信州側へ一気に駆け降りると
         15分ほどで下の広い道に出た。ここはまだ秋は浅いようだ。「伐採事務所前」と言うバス停
         がある(4:25)。
         暮れはじめた谷添いの車道をゆく、対岸の白樺のコバルトグリーンの葉が色付き始めている。
         トラツグミが啼く。川浦に着く(5:10)
         ここで荷を下ろしていたトラックが寄合渡まで乗せてやると言う。5:42に寄合渡に着いた、
         すぐ前の大和屋という旅館に入る。窓の下に奈川が流れているのが夕靄のなかに白く見える、
         6:20夕食。明日は6時のバスで松本に向かうことにする。
         秋の山路を巡る旅は終わった。 念願の野麦峠越えるのに、藪を漕ぎ、幾つの峠を越えたことか。
         9:00残ったウイスキーを空けて床に潜る、瀬音のみ。

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(完)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2012-12-14 19:50 | 旅のつれづれに | Comments(0)

開田高原の秋その二

      旅日記「開田高原の秋」 (その2)    kameの足跡・1960.10.7~
 

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10月8日の(続き)
      20分も下ると関谷の部落が見えてきた。稲刈りのおばさんに道を尋ねる。これから向かう先の峠は
      御境(おさかい)峠とよぶのだそうだ。キセキレイが4羽飛び立つ。アケビを2つ、口の中でひやりとし
      クリームが舌をなでる。秋の味である。青空に白い雲がゆっくり流れている。渓流に沿った路は開け
      明るい光で一杯である。マツムシソウとリンドウが多い。マツムシソウの方は実になっているものも
      多い。コガラが目の前の枝にとまり、また飛び去る。秋とは言え登りにかかると汗ばむ。また御岳の
      頭が尾根の上にその姿を見せた。
      ハゼの真赤な葉が黄緑の木立の中で際立って美しい。じぐざぐ路を登ると梢をならして涼しい風が
      吹き渡る。峠が近付くと流石に紅葉も美しい。向かいの斜面に見える白樺の幹の白、それは空の
      青さと対照的である。

      御境峠、そこは木立に囲まれた静かな峠だった。そこからは御岳の雄姿は望めないが、信濃と飛騨
      の国境である。そこには古い石の道標が頭を欠いて横たわっているだけだった。そして路はそのまま
      だらだらと飛騨側へ下っていた。
      峠を過ぎると、すぐそこまで車道が来ていた。やがて左手に、また御岳の麓が見え始めたころ、
      錦秋の谷間に留野原の家並みが見えた。火山灰の真っ黒な土の道端を細い溝で清水が流れて
      いる。御岳は頭を完全に雲に隠してしまった。留野原で幕岩川に沿った路にる。小さなその渓流は
      紅葉に映えてきれいだ。開けた谷間に広い道がまっすぐ続いている。白樺の多い痩せたこの土地を
      開いて点々と農家の屋根が見える。(12:00)尾根を廻ると前方に乗鞍の大きな裾野が見えてきた。
      やはり頂きは雲の中である。落合という部落につく。

      ここから小さな尾根を一つ越えると日和田だと言う。(12:50)
      峠に立って振り返ると、先程通った落合の右上方に大きく御岳が覆いかぶさるように、その裾を
      広げて黒黒と聳えている。峠を下りかけるとハゼの真赤な葉ごしに、谷間に広がった日和田の家並
      みが見下ろせる。じぐざぐ道を駆け下ると、そこにはどっしりとした造りのくすんだ家があった。
      どこも今は穫入れの最中で忙しそうである。この辺りで泊めてくれそうな家を煙草屋で聞き、中村
      さん宅を訪ねて一宿を乞う。(1:30)

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      荷を置いてぶらりとカメラとスケッチブックを手に出かけるが、大きな家に圧倒されて絵にならない。
      辻々の馬頭観世音菩薩は、その昔、馬に榮えた飛騨の面影を伝えている。

      戻って囲炉裏の傍で地図を広げる。時代を経た大きな囲炉裏部屋、猫がじっと火のそばでうずく
      まり、柱時計が時を刻む音以外に何も聞こえない。みんな畑に出ているのか子供の姿さえ見えない。
      夕方後ろの斜面を登る。御岳は頂上に僅か絹をまとったような雲がついている。夕空にいわし雲が
      長くそして広がっている。大きな松の根元、赤と黄色のハゼの葉に覆われた大小30余りもの馬頭
      観世音、古い年号も見え、そこには馬と生き馬と栄えた飛騨の山村の祈りが込められている。
      御岳が夕映えで紅く、唐松だろうか燃えるような黄色が点々と深緑の間に見える。ようやく暮色に
      包まれ始めた日和田の里には、あちこちから炊煙が立ち上り、静かに暮れようとしている。
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10月9日  十三曲峠を経て野麦の里そして野麦峠へ
      朝日をいっぱいに受けた谷間は明るく光輝いている。梅雨に濡れた畦を登ると、後ろで百舌鳥が
      啼く。(7:20)昨日の馬頭観世群のところまで来る。ここから十三曲峠の路は左の山あいを登って
      いる。露に濡れた観音はやはり静かに佇んでいる。昨晩囲炉裏端で聞いた話では、近年馬を飼う
      家も少なくなり、あの家でも昨年牛に替えたとか。かっては盛大な供養を年ごとにしたと言うこれら
      の馬頭観音も時勢の波に忘れ去られようとしているのだろうか。そう思って見る石の群像は思いな
      しか、昨日より寂しく感じられた。
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      御岳が雲一つ無く、大きないわし雲を背に聳えている。ここから見る御岳は全く姿が良い。カケス
      が啼く。今日もリンドウとマツムシソウの路である。ちらほら可憐なナデシコの花も見える。バサバサ
      と羽音を立ててキジバトが飛び出す。モグラが路端で死んでいる。最初の尾根の上に出た。アオ
      ゲラが2羽枯れ木を廻っている。御岳が左に永く裾野を引いて見える。日和田の部落が谷間に
      沈んでしまった(8:00)。栗を齧ってみる。どうやら路を取り違えたらしい(8:40)、引き返し元の
      分かれ道から右にとる。
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      二つ目の尾根を越える。小さな馬頭観世音、路は尾根を横にまいている。カケスが2羽、アカハラ
      、山ブドウが紅葉している、ヤマドリだかキジが番で飛び出す。いよいよ藪こぎである。ともすれば
      路を見失いそうになる、また一つ尾根を越えた(9:20)。大きな尾根をまた一つ(9:35)。ここで
      十三曲峠も終わりのようだ。ここからクマ笹の中のあるか無いかのジグザグ路をがむしゃらに下る
      と谷筋に出た。いや全く大変な藪こぎだった。正面に乗鞍がほんのうっすらと雪らしきものを掛け
      てのっそりと聳えている。木馬路のところでミソサザイが飛び出す。ゴジュウガラ。藪こぎで体中
      ヌスビトハギとヤブジラミだらけである。流れで顔を洗う、小休止だ(10:20)

      路は右岸、左岸と渡りながら木馬路は崩れかかって崖の上で無くなっていたりする。尾根を廻り
      赤坂谷の方に入ると、立派な路があり飯場があった(11:00)。休んで茶でもと言われて内に入る。
      囲炉裏の傍で濡れたズボンの裾を乾かすうちに昼になり、皆が帰って来たので立とうとすると、
      まあ飯でも食ってゆかんかと誘われ、それではとみそ汁に漬物で、熱いご飯をご馳走になる(12:00)。
      そこを辞して直ぐ左へ細い路を下ると川原へ出る。丸木橋を渡って対岸の路へ上がる。そこは
      もう木曽街道である。


                            <次回に続く>
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by kame0401 | 2012-12-12 18:59 | 旅のつれづれに | Comments(0)

旅日記「開田高原の秋」1960.10.7~10

     旅日記「開田高原の秋」(その一)  kameの足跡・1960.10.7~


        これは50年も前のkameの足跡で、開田高原を徘徊し「野麦峠」越えを目指したときの旅日記である。
        一人旅の気楽さもあり、絵を描き、歩きながら刻々の風景や感じたことを、その都度立ち止まって
        スケッチブックに書き留めたもので、継ぎ接ぎの文章だが、臨場感があり、その時の情景が目に
        浮かぶのが懐かしく、記録に留めるべく書き起こしたものである。いま読み返してみて、この手の
        旅日記をもっと書き残して置けばよかったと思う今日この頃である。

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       当時の野麦峠は、訪れる人も少なく五輪の石塔と木で組んだ関所の門のようなものがある
        だけで峠を渡る風が印象的だった。 今は車道が峠の近くをこえて通じたため、旧道は今も
        残るものの、歴史を秘めたこの峠道は往時の存在感を失っているのではないだろうか。
        私がこの峠を越えて8年後の1968年に、山本茂実が発表したノンフィクション文学「あヽ野麦峠」
        副題「ある製糸工女哀史]以来すっかり有名になり、現地に「あヽ野麦峠」の碑が建っている
        という。私がもう一度訪れるのを躊躇するのは唯の感傷にすぎないのかもしれないが



10月7日  「氷雨に煙る開田高原の秋」       
       御岳の裾野に広がった開田高原、気の遠くなるようなその広い台地に、石を乗せた庇の深い
       がっちりした農家の屋根が点々と見える。山は雨に霞んで見えない、それがかえって秋の静け
       さを増してくれる。色付き始めた白樺や唐松そして黄金に実った田の面が際立って美しい。
       車窓を過ぎる道端にはマツムシソウが、農家の軒下にはシオンが、その淡い紫の花を、また
       山辺ではタケニグサがその淡いセピアの実を風にゆする。涙が出るほど嬉しい。雨で曇る車
       の窓を何度も拭いながら顔を擦りつけるようにして流れゆく秋の風物に胸を躍らせた。
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                                            開田高原西野下向      

       石を載せた屋根の、その深い庇の陰には、何代にもわたる土地の歴史が秘められ、風雪に耐えた
       その年月ゆえか何とも言えぬ美しさで人に訴える。道端にあれば唯それだけにすぎぬその石が、
       屋根に乗り村人の生活と繋がりをもって、もう何年になるのだろう。美しい石の持つ陰り、いや
       陰りゆえに美しいのか。氷雨に濡れた 屋根の石は、黒く屋根に全く溶け込んだような落着きと
       調和を見せている。もはやそれは、そこに無くてはならないものになった者の持つ誇りにも似た姿
       である。


10月8日   「関谷峠・御境峠を越えて日和田部落へ」
       8時出発、雨上がりのあさの光線はひと際美しい。振り返るとススキの白い穂が逆光に浮かび
       上がって揺れている。道端にはリンドウの蕾が膨らんでいる。イタドリの枯れた茶色がアクセント
       を付けている。
       前方で百舌鳥がけたたましく啼く、ソバはもう刈入れが済んで、畑の中に点々と積まれている。
       藤沢への道と分かれて河を渡り山裾に添って歩く。白樺が見えてきた。もう一月もしたら唐松が
       燃えるようん黄色になるに違いない。

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       マツムシソウ、ギンボシヒョウモンが力なくその花にぶら下がっている。
       昨日の雨で木々の幹は黒々としている。道はせせらぎに添って峠の道は少しづつ上りはじめた。
       ウメバチソウの白い花が美しい。9時、すっかり良い天気になって陽がさしてきた。

       栗の実の弾けたじぐざぐ道を辿ると、まもなく関谷峠にでた(9時25分)。そこからは御岳が正面に
       聳え七合目辺りから上は見事な紅葉が白い雲の間から見えた。峠には石の小さな地蔵が馬頭観音
       に並び、供えられたグミとアケビが彩りを添えていた。グミが真赤に熟している、口いっぱいに含むと
       渋みが秋を伝えてくれる。     南無馬頭観世音菩薩


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                     <次回に続く> 
      

by kame0401 | 2012-12-10 13:39 | 旅のつれづれに | Comments(0)

有馬温泉の秋

            有馬温泉の錦秋


          能面展と家内の演能「井筒」が無事終わり、骨休めに有馬温泉に出かけた。
          「XIV有馬離宮」という会員制のリゾートホテルである。 有馬の紅葉は最高で、ホテルの
          裏山も美しく彩られていた。
          疲れがどっと出た感じで大好きな露天風呂へ。 少し寒い秋の風を肌で感じながら、幸せを
          満喫した一日だった。
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          日本料理レストラン「華暦」の夕食もホントに美味しく、盛りつけの妙を愉しみながら
          満足満腹のひと時を過ごした。 そのときマナガツオの味噌漬けが載っていたヘギを頂き、
          裏に紅葉をいたずら描きしてみた。 これを見ると美味しかったマナガツオを思い出す。
          ご馳走様でした「華暦」さん   有難う「華暦」さん 
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          「華暦」の字が焼印で押されたヘギが、これまた洒落ている    頂いて帰るしかない

by kame0401 | 2012-12-07 12:03 | 私のガラクタ美術館 | Comments(2)