虫供養 虫塚余禄

   虫 供 養  

  「虫供養 虫塚余禄」 新作能構想(草稿)

  諸国行脚の旅の僧が、京へ上る道すがら、摂津の国三嶋郡に差し掛かると、楠の大木の
傍らに、苔むした虫塚があるのに気がつきます。旅の僧は、折りしも傍で落ち葉を掃いている
一人の老翁に、その謂れを尋ねます。

  老翁は、この辺りはその昔、藩の学問所があり、多くの若者が集い、競って学問に励んだ所
だと語り始めます。
  しかし、やがて異国の文明が入り医学や博物学を学ぶようになると学問の為とはいえ、已む
無く殺生をすることも多くなったと語ります。そして、その祟りなのか、病に罹る人も出るようになり、
それを怖れた人たちの手で、後年この虫塚が建てられたのだと語ります。しかしそれも遠い昔の
話で、今はその謂れさえ知る人はいないのだと寂しそうに語り終えます。

  旅の僧が塚に経を手向けると、その老翁は喜びの表情を浮かべ、実は私はその昔、この虫塚
を建てた仲間の一人だと語り、今もこうして現われ、塚を掃き清めているのだと言って、塚の
陰に姿を消します。

  旅の僧が、楠の老木の陰で、一夜を明かしていると、その夢の中に、美貌の若い女が現れ、
問わず語りに旅の僧に話し掛けます。
d0156718_1724257.jpg

                               後シテ「胡蝶の精」の面

  旅の僧の問いかけに、実は私は胡蝶の精で、その昔、謂れもなく殺され、怨みを遺したまま
博物の標本にされた者です。そのため私は、かっての若者たちに讐を為そうと、化身して藩医
になったのです。しかし、医学は命を救うためのもの、やがていつしか、讐なす心は失せたものの、
虚しい心は癒されることもないまま 、永い時は流れたのです。
  その後、その若者たちも年老いて、生きとしいける命の尊さを知るようになったのか、若気
のいたりを悔いて供養のために虫塚を建立してくれたのです。お陰でようやく虫たちの霊も鎮ま
り、心の安寧を得ることできたと静かに語り終えます。

  そして、旅の僧の手向けた読経に救われたと述べた後、塚の前で詩(*)を詠じ、美しい羽衣
を翻して胡蝶の舞を舞いおえると、朝靄に紛れて虫塚の陰に消え失せます。

(*) 秋津島 瑞穂の国は 千五百秋 命溢れて 光り輝く
( あきつしま  みずほのくには   ちいほあき  いのちあふれて   ひかりかがやく )

by kame0401 | 2011-10-20 17:11 | kameの独り言 | Comments(0)

前立腺癌と虫塚と育毛と

   前立腺癌と虫塚と育毛と  kameの独り言


先頃、私の母校である大阪府立茨木高等学校にて、「虫塚」の除幕式を行った。
正門を入って玄関脇にある創立100周年記念庭園の一角に建立されたこの虫塚が、
実はなんと私の前立腺癌と関係があるというお話。
d0156718_16334942.jpg

私は、2年前の1月に前立腺癌が見つかり、その年の11月に阪大病院にて治療を受けた。
それは「高線量率組織内照射」という放射線治療で、肛門と睾丸の間から針を十数本挿して、
前立腺にじかに強い放射線を当てると言うものである。
d0156718_715791.gif

上図のように、針を板で固定し、この固定した針を通じてイリジウム192という
アイソトープのカプセルを患部に送りこみ、4日間午前と午後の2回15分間の
放射線照射をするという訳で4日間はこの針だけは挿したままである。
仰向けに寝たままベツトごと地階の放射線科と病室を往復する毎日、24時間
カメラで監視され起き上がると針が刺さるから絶対に動いてはだめと言い渡
されていた。ところが、私は夢の中で便所に行こうとして不覚にも起き上がり、
途中で気が付きアッ!シマッタと想った処で眼が覚め、夢で良かったと苦笑い。

その時に思ったのが、これはきっと「虫の祟り」だと。今こうしてベッドに括り
つけられ針を沢山刺される羽目に陥ったのは、高校時代に私が昆虫研究部で
蝶を採集して標本にするため何本もの針を刺して展翅をした報いに違いないと。
その話を、翌朝主治医の女の先生にしたら、案の定笑われてしまった。

ようやく2週間の入院生活から解放された12月の初めに、母校の昆虫研究部の
創設75周年の記念集会が催された。私はそこでくだんの虫の祟りの話をして、
冗談半分で、供養に「虫塚」建立を提案したところ忽ち賛同する人が続出した。
こうしてひょんなことから75周年の記念事業として虫塚建立が決まったのである。

今年に入り、母校に建立が許可されると、そこからは、とんとん拍子で事は進んだ。
設計を依頼した会員の一人が描いた虫塚のイメージは、蝶が羽をたたんで吸水し
ている様を模したものだったが、、それも私達がその昔採集に通った能勢の山で、
待っていてくれたかのようにピッタリの石が見つかり、賛同者50余名から基金も
順調に集まり目標額を上回った。
こうしてヒョウタンから駒の記念事業「虫塚」は、思い出も深い母校の庭に晴れて
建立されたのである。

そして、除幕式の当日、前日までの土砂降りの雨も止んだ「虫塚」の周りを蝶が
盛んに飛び回っていたのは、実に印象的でもあり、嬉しいひとコマであった。
d0156718_11111335.jpg

虫塚余談になるが、私の前立腺癌の治療は、そのあと男性ホルモンを抑えるため
脳下垂体の性腺刺激ホルモンを遮断する注射を今も続けて受けている。 すると
女性ホルモンが優位になったためか、頭の髪の毛が次第に増えてきたのだ。
思わぬ育毛効果には驚いたが、思いがけない贈り物に勿論喝采。しかし、女性の
更年期障害のように、上半身は火照り、足は氷のように冷えるのには、少々弱って
いる。それもこれも、癌細胞撲滅のためと今しばらくは我慢我慢の毎日だが、その
ことを別の先生に相談したところ更年期障害の漢方薬を処方して下さった。
薬局で受け取ったそのお薬の効能書きをみると、「月経不順」とあるではないか。
虫塚三題噺の落ちは、こんな処でお粗末・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2011-10-18 20:05 | kameの独り言 | Comments(0)

大正川の畔/生命の輝き   カメラは視た(17) 

    大正川の畔 / 生命の輝き   カメラは視た(17) 

  ここでお見せする蝶は、ごくごく普通に見かけるもので、決してどれも珍しい種類
  ではありません。

  私は、蝶の蒐集家が眼の色を変えて追いかける貴重?なものより、これらの蝶に
  市井の庶民のような親しみと美しさを感じます。

  どれも、なんと美しいではありませんか、そうです美しいのは、そこに命の輝きが
  あるから人を感動させるのです。

  我々には、これらの蝶が絶滅危惧種にならないように、自然破壊を食い止め豊かな
  大自然を後世に残す義務があると思います。

  烏が塒にかえり、とんぼが高く飛ぶ夕焼け空を見上げていた、私の子供の頃は僅か
  60余年まえなのですから、今からでも遅くはないと思います。

  蝶やトンボは採ったから減ったのではなく、子供がトンボを追いかける姿こそ豊か
  な自然の象徴なのです。

d0156718_2055711.jpg

              ヤマトシジミ


d0156718_2061230.jpg

              イチモンジセセリ


d0156718_2063521.jpg

              ヒメアカタテハ


d0156718_20647100.jpg

              モンシロチョウ


d0156718_2065796.jpg

              モンキチョウ



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2011-10-05 20:01 | カメラの眼で | Comments(0)