所詮 お釈迦様の手のひらの上  私のガラクタ美術館(3)



  所詮 お釈迦様の手のひらの上 ーがらくた美術館特別公開ー


わが「がらくた美術館」の仏手、石造金彩で、ほぼ人の手のひら大である。
乗っている猿は、白磁でこれも中国の少し古いもの、かくいう申歳の私も少々古いが。

わが「がらくた美術館」では、時代や真贋を問わない。世にいう、がらくたの中に
潜む美を、私自身の眼で愉しむのだ。  誰が何と言おうとも・・・

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若い時は、孫悟空が天空を駆け巡ったように、活躍していた? つもりだった。

今になって、振り返ってみると、所詮、お釈迦様の手のひらの上で遊ばされて

いただけで、己の小ささに恥じ入るばかりである。



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與願印 
 (よがんいん)   

仏の手の印相で、左手を下げ、掌を正面に向けた與願印は、

人々の願いを聞き入れ、望みを叶えることを表すという。


仏の深い慈悲を表す有難いお釈迦様の手を、勝手に横にして,申を乗せるなど

まさに罰あたりな所業で、私の願い事は聞いて貰えないかも・・・

いやいや、慈悲深いお釈迦様のことゆえ、罪深く煩悩多きこの申を、お見捨てに

なることはあるまいて・・・

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(歎異抄) 

  南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・・

by kame0401 | 2010-09-25 00:42 | 私のガラクタ美術館 | Comments(0)

わが青春の山馬蝗   kameの独り言(6)



  わが青春の山馬蝗   ー三沢岳物語(山馬蝗社刊より)ー 


私のブログ「絵手紙は心の絆になり得るか・・・5月6日)」 に次のようなコメントを頂いた。

 長野県伊那市のk(仮名)と言います。会社勤めのかたわら、南信州ガイド協会に所属する
登山ガイドとして活動しています。8月13日にガイドの下見にと三沢岳に行った際、頂上の
「山馬蝗 1959.11」 のプレートが気になり、どんな山岳会だったんだろと思い、検索し、
このブログに辿りつきました。 絵手紙のYさん、Hさんの思い出読ませて頂きました。
辿りつけて、うれしく思います。



 驚いた! あの三沢岳の頂上の「山馬蝗のプレート」を見つけてくれた人がいた。
あのプレートは1959年の11月に山馬蝗結成10周年を記念して取り付けたものだ。しかし、
頂上とはいえ、すぐに眼にとまる場所ではないから、見つけてもらったのは、僥倖という外ない。

三沢(さんのさわ)岳は、中央アルプスの宝剣岳から西に派生する尾根の先にそびえる秀峰で、
縦走路から外れている関係もあって、訪れる人は少なく高山植物も豊富で静かな展望台である。


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                            三沢岳(2847m)を望む

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                                      ウスユキソウ

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                 チングルマ


山馬蝗(さんばこう)の和名はヌスビトハギ
山馬蝗は1949年、高校の卒業を前に、例の「いかもの同好会」を発展させて悪ガキ
の山仲間で立ち上げた山岳会ならぬ山ガキ会である。
山馬蝗(さんばこう)は和名をヌスビトハギという雑草で山野を歩くと、三日月型の
種子が衣服にやたらとくっ着く厄介な代物である。この逞しい雑草が気に入って会の
名前になり、二つ並んだ種子の形を旗印にと、ろうけつ染めで作り、10周年を記念の
時も、三沢岳頂上でこれを振った記憶がある。

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                            ヌスビトハギ
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                            山馬蝗の旗印

                            
元気なころは、毎年年末から後立山連峰の元日登頂を目指して、雪洞で、ある時は、山馬蝗
の旗印をつけたテントで白馬から順に、唐松、五竜、鹿島槍の頂上を目指した。
5月の連休には南アルプスの北岳にH,Y両君と3人で2年がかりで頂上を目指したことも、
忘れられない。

1992年、還暦を記念に、山馬蝗で中国側から北朝鮮との国境に聳える長白山(白頭山)に
遠征したが、ほとんど頂上近くまで車が入り、これは登ったという気がしなかった。

そして、1995年の8月には、プレート設置以来初めて、山馬蝗の三沢岳記念登山が企画
されて36年ぶりに、記念プレートと再会、感激を新たにした。



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                            1996年10月 御岳 開田高原にて

この頃からは、流石に昔のような山登りは無理と自覚したのか、このときはH君の世話で
開田高原の民宿に集い、炎のようにそそり立つ唐松の紅葉の中で、思い思いに錦秋の山を
描いたりして愉しんだものだった。

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                            1997年10月 笹ヶ峰牧場にて

友人の経営するペンション(追記参照)で落ち合って、楽しく過ごした時の思い出の一枚。
絵手紙交換を毎日のようにしていた闘病中のY君と久しぶりに出会って、なかよく並んで
描いた絵で、紅葉の先に焼山の噴煙が見える。

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                            1997年10月 戸隠鏡池にて
錦秋の額縁の中、鏡に映る戸隠岳の姿は何度訪れても見あきない。描いた絵を見せ合って
喜びを分かち合ったことを昨日のことのように思い出す。
 

          
このあと、1999年1月6日に、H君は癌で急逝し、その年の7月に山馬蝗の仲間で思い出
の三沢岳頂上に、あの記念プレートの下に散骨をした。

続いて、2002年4月19日に、Y君は7年に及ぶ癌との闘いに終止符を打った。彼の希望で
南アルプスの仙水峠に同じく山馬蝗の仲間で散骨をした。


相次いだ仲間の死に、呆然としながらも、気を取り直し、この歳で始めた、このブログ。
その中で、「わが青春の山馬蝗」をと、おぼろげな記憶を辿って、あれこれ書いていた
ことが、先のk(仮名)氏のコメントにつながったわけである。
恐るべしGoogle の検索機能、有難きかなパソコンである。

三沢岳の頂上に眠るH君が、仙水峠のY君が喜んでくれている証拠かも・・・



(追記)ペンションフィールドノートの紹介 
    http://www2.ocn.ne.jp/~momofiel/

by kame0401 | 2010-09-19 00:53 | kameの独り言 | Comments(0)

ホソオチョウ  カメラは視た(11)

  
     ホソオチョウー 外来の舞姫 ー

この蝶は、朝鮮半島原産の蝶といわれ、日本に帰化してからも、かなりの年月
を経ている。その美しい舞姿は、美しく観る者をうっとりさせる。不思議に花の
蜜を吸う姿は見受けられない不思議な蝶で、そのひらひら、ふわふわと舞う姿は、
まさに天女の舞そのものである。

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羽化したばかりのオス、長く細い尾は日本の在来種にはない美しい姿だ。

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メスは翅の色がかなり違う、日本のギフチョウの雰囲気をもつている。

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交尾中のホソオチョウ、下にぶら下がった状態のがオス。

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羽化に失敗して、翅が伸びない状態のオス

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私の手の上で、口吻を伸ばして吸水中の上記オス

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尾羽打ち枯らしたオス、どこへ行っても「加齢ですから」と言われる私としては・・・

by kame0401 | 2010-09-13 05:13 | カメラの眼で | Comments(0)

黒式尉  能面雑話(8) 



      黒式尉(三番叟)の微笑み


   最新作の黒式尉です。

   この黒式尉は、本面の修理を依頼されたとき、その微笑みの魅力に
    一目惚れして、写しを作ることの了解を得ていたものです。

   本面は、昔に、何度か修理をした痕があり、大切に使われてきたことが
   窺える古面でした。裏面の修理と共に、切り顎のバランスが悪いと言われ
   るので、よく見ると、過去の修理の際に虫の食った部分を切り落として
   短くなっていることが判りました。
   修理は、裏の虫食い修理痕の再修理と、切り顎の修正ですが、こちらは、
   残存部分も虫食いで内部が、すかすかの状態で苦労しました。
   短くなっていた部分を左右とも2センチほど継ぎ足して、なんとか
   元の状態に近い形で修理が終わり、無事納めることが出来ました。


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by kame0401 | 2010-09-07 00:48 | 能面雑話 | Comments(0)

祝賀能舞台寸描    舞台寸描(3)


      新歌舞伎座 祝賀能    舞台寸描


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大阪新歌舞伎座のこけら落とし興業に先立ち、舞台を清め、
その晴れての舞台披きを寿ぐ目出度い祝賀能として催されたものです。


「翁」は天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈祷する神事で、申楽から伝わった祝禱儀礼の
伝統をそのまま受け継いでいます。

舞台は、翁(シテ)、千歳(ツレ)、三番叟(狂言方)の歌舞、三場面から構成されます。
翁は、正面先で敬礼し着座、面箱持ちは、その前で面箱を開き、地謡方は囃子方の
背後に並びます。千歳が神の座を浄める舞を舞います。その間に、翁は舞台上で、
神の依代である翁面「白式尉」をつけ、神となった翁は、荘重な神の舞を舞い、天下泰平、
国土安泰を祈ります。
翁が退場すると、三番叟が舞台正面に走り出て、面をつけないで躍動感あふれる「揉ノ段」
を、続いて黒い翁即ち「黒式尉」の面をつけて、神楽鈴と扇を左右にかざし「鈴ノ段」を
舞います。鈴を振る所作は、種蒔きを、力強い足踏みは大地を踏み固める所作ともいわれ、
文字通り五穀豊穣を祈って舞います。

狂言の「末広かり」は末広がり、先に行くほど運が開ける様子で、目出度いとされる
祝言性の高い曲で、舞台披きに相応しいものです。(上掲のパンフより抜粋)


 「翁」 梅若玄祥師

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「翁」 梅若玄祥師

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「翁」 梅若玄祥師

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「翁」 梅若玄祥師

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   「三番叟」 野村萬斎師

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「三番叟」 野村萬斎師

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「三番叟」 野村萬斎師

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「三番叟」 野村萬斎師

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   「末広かり」 野村万作師
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「末広かり」 野村万作師   


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「末広かり」 野村万作師   


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「末広かり」 野村万作師   



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by kame0401 | 2010-09-01 14:55 | 舞台寸描 | Comments(1)