親鸞聖人降誕会祝賀能    舞台寸描(2)

 

              親鸞聖人降誕会祝賀能

                         2010年5月21日 京都 本願寺 南能舞台
  

  本願寺には北能舞台(1581建立・国宝)と南能舞台(1694建立・重文)がある。
  近代建築の中に収まった能楽堂と違い、往昔のままの能楽堂での演能は、
  能楽師にとっても私たちにとっても、それは夢の舞台である



  <能 「松風」  シテ 片山清司師>
d0156718_1335943.jpg

 旅の僧の前に現われた汐汲み女の姉妹は問われるままに話し、松風、村雨の幽霊だと告げる。
 シテの松風は後段、行平の形見の烏帽子狩衣を身につけ「中の舞」を舞う。

d0156718_1353985.jpg
    松風は物狂いの状態になり、狂おしく「破の舞」を、松が行平であるかのように寄り添う。

d0156718_1318037.jpg

 僧の回向を乞うて別れを告げた松風だったが、僧が目覚めてみると、残るはただ松風ばかり
 すべては旅の僧の夢の中・・・・・・

 私も美しい舞姿を無我夢中で追っていたらアッという間、 気が付けば終り。
 こちらも夢の中?、だとするとスケッチに残っているのは私が夢の中で描いた幽霊か・・・・



   <舞囃子 「通小町」  片山幽雪師>
d0156718_1362535.jpg

 ただ立っているように見えて、全てを演じている。
 余計なものを完全に削ぎ落とした舞の美しさを見たような気がした。


   <能 「龍虎」  シテ 井上裕久師>
d0156718_6512414.jpg

 前シテの老翁、面は「笑尉」か?

d0156718_138217.jpg

 <上の絵> 後ツレ「金竜」は黒い覆いをかぶり橋がかりから現われ、やがて正体を・・・・
 <下の絵> 後シテの「悪虎」は「獅子口」の面に白頭、そして大きな天冠の「虎戴」を戴き、
      竹林の岩洞(作り物)から現われる。


d0156718_137545.jpg

白頭の「悪虎」に対し「金竜」は「黒髭」の面に赤頭、そして大きな竜戴の天冠



d0156718_1385125.jpg

 空から襲いかかる金竜に対し猛虎は竹枝を折って応戦し、巻きついてくる竜をかわし
 追いつめ食おうとするが、竜は雲上に昇り、虎は巌上に駆け上がり無念の想いで
 それを見送る

 竜虎の闘いはまさに迫力満点の熱演、私もいきおい夢中で描きなぐり・・・・・


                   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                  <付録>
d0156718_9125366.jpg

         本願寺南能楽堂での親鸞聖人降誕会祝賀能(本願寺ホームページより)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-29 01:00 | 舞台寸描 | Comments(0)

白須佐余話   能面雑話(5)  


            白須佐は素戔嗚尊のイメージ
                      
                     「能のある空間/船弁慶」 5月18日  大阪・山中能舞台

d0156718_1437422.jpg

 大阪での、船弁慶のレクチャー夕方の部では、白須佐の名前に因んだ特別番組が。
 狩衣を着込み、冠をつけて、素戔嗚尊(スサノウノミコト)のイメージの舞「神舞」を披露!
d0156718_14384559.jpg

 日本書紀や古事記では荒ぶる神として描かれている 素盞嗚命は 天照大神の弟、
須佐之男命の別称 「白須佐」の須佐はここからきています
d0156718_14451163.jpg

d0156718_14551524.jpg

同じ面を使いながら・・・平知盛の亡霊とはかなり違うイメージになりました
d0156718_1442775.jpg

 大きな紅い耳が・・・・・せっかく耳削ったのにねぇ~





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-24 01:00 | 能面雑話 | Comments(0)

「能のある空間 / 船弁慶」   能面雑話(4) 



        「能のある空間 /船弁慶」

                                                 5月18日  大阪・山中能舞台



           2月2日に大阪の東住吉高校で芸能文化科の特別授業として行われた公演。
           学校のホールに能舞台を生徒自身が組むところから始め、シテは山中迓晶師
           義経は在校生の山中景晶君で、親子共演という、珍しい企画。


d0156718_18351396.jpg

d0156718_1833234.jpg
                      東住吉高校・能舞台での「船弁慶」  
       
・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


           5月18日のレクチャーは山中能舞台で、公演の時のビデオを見ながらの解説、
           時間を短縮しながらも、そこにさまざまな試みや工夫がなされていることを知りました。
           そして写真のような迫力満点の実演付きです。
d0156718_11252092.jpg

                                     後シテ 平知盛の亡霊  山中迓晶師

d0156718_1253215.jpg

d0156718_12241657.jpg

d0156718_1285091.jpg



d0156718_17512415.jpg

                              この公演のために創られた、 創作能面「白須佐(しろすさ)」

d0156718_18481864.jpg

           創作途中の面、耳があり、目尻には皺があります。                                     が、写メールで、この写真を見た迓晶師は平家の公達の亡霊らしく品があり、
           色も特別白くして欲しいとの返信(変身)メールが・・・
           耳は削られシワは埋められ、出来上がったのが上の写真です。
           製作途中の貴重な記録写真も残してやりたくて・・・

           名前の「白須佐」はブログの投票で決められたとか、写メールでのやり取りなど、
           やはりいまどきの能面誕生は昔と大違いですね(笑)・・・・・


                       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


         <付録>  「宝塚歌劇・劇中劇の船弁慶」

                                                  2005年 大阪・東京・福岡
d0156718_20161049.jpg

d0156718_20171820.jpg

                                         写真は麻愛めぐるが演ずる平知盛の亡霊

          2005年に宝塚歌劇雪組の公演で「睡れる月」というのがありました。
          その中で「劇中劇」として演じられた「船弁慶」は迓晶師が指導されました。
          

d0156718_20572855.jpg

                                                     「山姥」

          麻愛めぐるが演ずるのは能役者の観世小次郎役。知盛の亡霊として舞台で
          かける能面は、迓晶師の要望で私が提供した「山姥」が使われました。
          本来使われる「怪士(あやかし)」の面よりも怪しげな雰囲気がありました。





・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-20 23:00 | 能面雑話 | Comments(0)

田淵行男と山と蝶と   kameの独り言(2)


              田淵行男と山と蝶と


       還暦の時に出版した漢詩集「天山遊艸」のあとがきに、私は蝶を追って自然に山に
       登るようになっていたと書いた。

       そんな日々を送っていたある年、もう40年も昔のことだと思うが、家内や友人を伴い
       5月の上高地入りをしたことがある。島々谷を遡行し岩魚留めを経、徳本(とくごう)峠を
       越えて上高地に入るルートだった。

       10年ぶりに徳本峠(2100m)に立った私の目に、真っ先に飛び込んできたのは
       眼前に展開する雪の穂高連峰ではなく、峠に三脚を据えカメラを構えている男の姿
       だった。
       すぐに、それは田淵行男氏だと直感した。 彼とはそれまで面識があったわけで
       はないが、私の画いていたイメージ通りの人で、 「田淵さんですね」 と声をかけた。
       そして暫く話をするなかで、自然に蝶の話題になった時、彼は 「いま、上高地では
       クモマツマキチョウが盛んに飛んでいますよ」 と話してくれた。

       思いがけない田淵氏との出会いに興奮気味だった私は、クモマツマキチョウにも
       逢えるかも知れないと期待に胸を膨らませ急いで峠を下った。


d0156718_1923989.jpg
  
d0156718_1932635.jpg

                                        クモマツマキチョウ

       田淵行男氏は山岳写真家としてだけでなく、蝶の博物学者としても有名で、その生態
       写真は途方もなく素晴らしく、私にとっては神様のような存在だった。
       私のように、蝶を追って山に入った者にとっては、田淵氏のような蝶の写真を撮ることは 
       究極の夢であった。

       私が蝶の採集をやめて、写真に撮るようになった動機のなかに「田淵氏のような写真を・・・」
       という昔からの夢が大きく働いているのは間違いない。

       今日のように、良いカメラもフイルムもない当時にあって、あれだけの写真を撮ることが
       出来たのは彼の情熱そのものによるとしか考えようがない。

       彼の著書「日本アルプスの蝶」の巻頭に、彼が記した「祖国日本の山に」捧げるとした
       文章がまた実に素晴らしい。


               九種までも  美しい蝶をはぐくみ
               私に自然への指向を慫慂し
               消えることのない希望の灯をともしつづけた
               恩寵深い 祖国日本の山に
               限りない回想と感謝を込めて捧げる



d0156718_20303771.jpg


        私が山を想う時、蝶を想うとき田淵氏の存在抜きには考えられない。
        同じことは、山の絵を描くようになったのは、井上靖の小説「氷壁」の挿絵を描いた生沢朗、
        旅のスケッチを描くようになったのは、シルクロードを画いた平山郁夫の影響が大きい。

        夢を追っていた青春時代にこれらの人々は、私にとって憧れであり、目標でもあり、
        そして、その著書はまさにバイブルのような存在だった。


         その年の上高地は、田淵氏の言葉通りクモマツマキチョウが美しい翅を翻して盛んに
        飛んでいた。そのさまは、田淵氏が「高山の妖精」と名付けたのも頷ける美しさだった。

        クモマツマキチョウを想う時、あの徳本峠のあの日の田淵氏との出会いを、
        田淵氏を想うと、あの日の上高地の美しいクモマツマキチョウを思い出す。

        それは、秘かに心のなかに持ち続けている私の大切な宝物である。




           <註>

           田淵行男 (1905~1989)

           田淵行男記念館 (1990) 長野県安曇野市豊科南穂高
           彼が日本アルプスの山と蝶を愛し、移り住んだその地に7300点に及ぶ
           写真や蝶の細密画が展示されている




・・・・…・・…・…・・…・…・・…・…・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-17 18:36 | kameの独り言 | Comments(2)

須田国太郎の素描に憧れて   舞台寸描(1)



          須田国太郎の素描に憧れて


d0156718_1123281.jpg

                                                    「三輪」


          私が「舞台寸描」と称して、能舞台のスケッチを始めたのは、
          もう10年も前になるだろうか。

          当時、洋画家須田国太郎の能・狂言素描を見る機会があり
          その巧みなタッチに、衝撃を受けたのを覚えている。

          よし、自分もと思い立ち、恐さ知らずに始めては見たものの、
          ド素人の私が、簡単にプロの画家のように描けるはずもない。


d0156718_11253019.jpg

                                                  「三輪」                                               

    
          でも、毎回やみくもに書きなぐるように鉛筆を走らせていると、
          時には面白いカットが得られることがある。
          その時の感触を思い返して、気がついたことがあった。


d0156718_1132841.jpg

                                                 「塗師平六」

          上手に描こうと思うな

          目は舞台だけをみて手元を見るな


d0156718_11425421.jpg

                                                   「梟山伏」


          画面で見ると、一筆描きのような描き方であるが、手元を見ないで
          描くと自然にこうなる。

          眠気対策で始めたのが、今ではすっかり嵌まって愉しみに。

          演者の一瞬の動きを捉えて、舞台の雰囲気を出すのは難しいが、
          須田国太郎の足元に、一歩でも近づきたい、そんな想いで・・・


                      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

          須田国太郎の5000枚にも及ぶ素描は、現在大阪大学の図書館に
          寄贈され、電子化されたその映像は誰でも見ることが出来る。

          「須田国太郎 能・狂言デッサン」
          http://ir.library.osaka-u.ac.jp/web/e-rare/suda/



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-14 11:25 | 舞台寸描 | Comments(0)

「平家の紋・揚羽蝶」は吸水中?  カメラは視た(4) 


「平家の紋・揚羽蝶」は吸水中?


d0156718_17193347.jpg

         上の写真・吸水中のナガサキアゲハの姿を見て私は驚いた。

         前回、「能面と面袋」の話しの中で取り上げた
         平家の紋「揚羽蝶」のデザインそのものではないかと



d0156718_20413066.jpg

         「揚羽蝶のデザイン」は羽を半開きにし、肢を広げて踏ん張り口吻を伸ばす姿を
         見事に捉えている。
         普段蝶の口吻は渦書き状に巻きあげられていて、伸びるのは蜜や水を吸う時だけ、

         昔の人は細部まで良く観察し、そしてそれを素晴らしい意匠に・・・
         いやはや、感嘆の外なし。


d0156718_189749.jpg


d0156718_1894327.jpg

          家の近くの河川敷で、見つけたナガサキアゲハのオスで、小さな湧水を求めて飛来し、
          吸水に夢中で、撮影は案外近距離まで接近可能。


          私の子供の頃は、大阪で観ることが難しい南方系の蝶でまさに長崎アゲハだったのに。
          それが地球温暖化の影響でしょうか、こんな身近で見られるようになるとは・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-11 18:07 | カメラの眼で | Comments(2)

能面と面袋   能面雑話(3) 

            

                能面と面袋



d0156718_1249740.jpg


        この能面は「十六」、わずか16歳の若さで、須磨の浦の露と消えた敦盛に因んで
        つけられたと言う面です。




         「青葉の笛」

         一の谷のいくさ敗れ  
         討たれし平家の 公達あわれ
         あかつき寒き 須磨の嵐に    
         聞こえしはこれか 青葉の笛



         明治以来ずっと、小学校の唱歌の教科書に載っていたもので、私たちの年代には、
        懐かしい歌です。
        後年能面を打つようになり、能の曲目も併せて勉強するようになると、この歌のもつ
        味わいを更に深く感じられるようになりました。

  
        明日は死ぬときまった夜に悠々と管弦に遊ぶ平家の陣、その「滅びゆく者の美」を、
        世阿弥は、敦盛に「中の舞」を舞わせることで「修羅もの」でありながら異例とも言える
        幽玄の情趣をもつ能「敦盛」を作出したのです。




d0156718_923893.jpg




        戦場でも錦の袋に入れた笛(銘小枝)を、いつも腰にさしていたと言う、
        若き公達「敦盛の面」を納めるのに相応しい面袋として、私は、今回
        平家の紋「あげはの蝶」を配したものを選びました。



d0156718_10563472.jpg


        。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-08 09:23 | 能面雑話 | Comments(2)

絵手紙は心の絆に・・・・絵手紙春秋(2)

  

              絵手紙は心の絆になり得るか・・・・


         4月19日は、中学時代からの親友で、山仲間だったY君の命日です。
         亡くなったのは2002年だからもう8年になる。

         桜を見てからとの願いを果たして、彼は天国に・・・・・
         「 願わくば花のもとにて春死なん・・」 と詠んだ西行法師のように―

         桜の季節が巡ると、いつも彼のことを思い出す。
d0156718_1517171.jpg

         前立腺癌の長い闘病生活に入った彼を、東京まで度々見舞うことも
         できず、そこで、ふと思いついたのが絵手紙だった。
         夢中で、書き送っているうちに、7年の月日が流れた。
         彼も、毎日のように絵手紙を寄越すようになり、彼の奥さんによると交換
         絵手紙は1400枚にも達したという。

d0156718_15134490.jpg

                    彼は魚釣りが好きで、魚の絵が抜群にうまく
                    魚への愛がそのまま絵に・・

    
d0156718_15192984.jpg

                    私の絵は、根性が捻くれているから世の中を
                    斜めに見てしまう・・・

         
d0156718_15384760.jpg

         彼が「懐かしい友」と書いているのは、一番仲の良かった山仲間のH君で、
         彼より早く、やはり癌で亡くなった。
         このY君とH君との3人で5月の連休に、南アルプスの北岳に二年がかり
         で挑み、雪の頂上を踏んだ時の感激は今でも忘れられない。
         しかし、あの感激をいま共に語り合える友は、もはや誰もいない。

         この中央アルプス三の沢岳の頂上には中学・高校以来の山仲間で、
         悪ガキ結成10周年の記念プレートが取り付けられている。

         H君の散骨はその三沢岳に、360度の展望台からは南北アルプスの連山が・・・
         そしてY君の散骨は彼の希望で南アルプスの仙水峠に、そこからはあの北岳が・・・



         私が絵手紙を夢中で毎日のように出していたのは、もう8年いや、もっと昔の
         話だが、絵手紙だけは、今もY君の奥さんの手元と、私の処に遺されている。
         いや、一番大切に遺してくれているのは、彼の脳裏なのかも知れない。
                             
         いま、思い返してみると、お見舞いの文章は一枚も書かなかったように思う。 
  
    
         絵手紙は心の絆になり得るか?・・・・         
         

           私は彼と自分に対する応援歌のように・・。

           彼も自分自身の生ける証しとして書いていたのでは・・・。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-06 16:01 | 絵手紙春秋 | Comments(3)

カンチェンジュンガの想い出  旅のつれづれに(1)



      カンチェンジュンガの想い出                


d0156718_22191090.jpg

  雪の中に佇む「ゾッキョ」


      1997年の5月にでかけたトレッキング・ツアーは思い出の多い旅でした。

       カンチェンジュンガはヒマラヤの東端に聳える8000M級の名峰の一つで
       避暑地・紅茶の名産地のダージリンから望むその秀峰は昔から有名です。

       その年は寒さが厳しかったのか、麓のシャクナゲ林も花が遅く未だ蕾。
       私たちの、荷物を運ぶゾッキョ(高地に棲むヤクと平地の牛の交配種)が
       テントの傍で、朝もやの雪の中に浮かび上がる景色は印象的でした。


d0156718_1414164.jpg

                    朝靄の中に突如浮かび上がる岩稜


        氷点下でのスケッチは、絵具を塗るとすぐに画用紙の上で星型に氷ついて
        いくのです。この絵をみると、その時の状況が蘇ります。

        この時は、目的のカンチェンジュンガを眺めるのに登り続けて、やっと
        Gocha-Laと言う峠から晴れた頂上を望むことが出来ました。

        しかし、下山の朝も雪で、視界も悪く前を行くゾッキョの首の鈴の音
        を頼りに、雪景色の中を、また、延々と下りました。









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

by kame0401 | 2010-05-05 15:14 | 旅のつれづれに | Comments(0)

古面「深井」の修理裏話   能面雑話(2) 



        「深井」修理の裏話

  
 
   「深井」が修理され再生するまでには、いろいろ裏話があります。

    下の古面の修復を依頼されたのですが、ご覧のようにボロボロ・・・・
  
    縦に真っ二つに割れたのを金属の楔で繋いであるけれども、それも緩んでいます。
    大事な目が両方とも欠けていて、表情がつかみきれません。



d0156718_11263774.jpg

    さて、どんな修理でどんな眼差しの深井に仕上げるか・・・難問です。
    取敢えずは、摸作品を作り、具合を見て巧く行けばそれを参考にして修復を・・・
    そうして、出来上がったのが次の「新深井」です、如何がなものでしょう?




d0156718_10234062.jpg


   写し半分、創作半分の能面です、わたしとしては、それなりに気に入っているのですが

   元の「深井」に 「エッ!これが私なの・・・・ちっとも似てないわねぇ~」 
   と抗議されるかも・・・・・ 



d0156718_10252654.jpg


    私としては、新しい「深井」が「元の深井」に似ていなくても、深井としての
   表情と品格を持っていれば、それはそれで成功だと思います。

   ただ今回は、修復のための摸作という厄介な条件が、「ごめんなさい似てなくて」
   と謝るだけでは済まないような立場です。依頼主にはまだ見せていないのですが
   ダメを出されるとこの深井が可愛そうなので、取り敢えずブログでお披露目を。

   もし、整形となればその都度その変貌も、また古面の修復過程もできれば・・・

by kame0401 | 2010-05-04 10:19 | 能面雑話 | Comments(1)