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銀シャリ眩し

          銀シャリ眩し闇市歩く    眩しくも忘れてはならない思い出

        敗戦後の一時期のことである。当時焼け野が原になった大阪駅前一帯が闇市で賑わっていた頃の
        話である。食料から衣料までが配給で米穀通帳や衣料切符が幅を利かしていた今では到底信じ
        られない時代だった。その配給も遅配・欠配・あげくに棚上げになるのだから全く酷い話で、誰もが
        闇米で食いつないでいた頃、闇米を一切食べないで飢え死にした裁判官の話が新聞に載ったのを
        覚えている。
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        そんな頃、闇市には何でも売っていた。 私はその賑わいを求めてよく歩き回ったものである。
        焼け野が原のビルの谷間に瞬く間に増殖してアメーバーにように広がり続ける闇市は、民衆の
        エネルギーそのものであった。
        そんな中で私が強烈な印象として今でもまなこの奥に焼きついているのは「銀シャリの眩しい
        ほどの白さ」である。シャリとはお米のことで佛舎利が米粒に似ていることから来たものである。
        銀シャリとは白米の炊きたてご飯の輝きを指して呼ばれたものだろう。配給米は白米ではなく5分
        搗きか7分搗きで、それに菜っ葉の刻んだのを入れて炊くのが当時のご飯だった。それを日ごろ
        見慣れている私にとって闇市の銀シャリの輝くような白さは、眩しくさえあった。 ひもじかった少年
        の心にはよほど強烈な印象だったのだろう、いまだに鮮明に思いだすのだから・・・・・
        
        戦争は決してしてはならない、二度としてはならない。銀シャリの眩しい思い出は私の代で終わり
        にしなければならない。 眩しかった思い出をいまこそ書き残さねばと思う今日この頃である。
by kame0401 | 2015-08-16 19:44 | 絵手紙春秋 | Comments(0)

人生二毛作を目指して・・・

by kame0401
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