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田淵行男と山と蝶と   kameの独り言(2)


              田淵行男と山と蝶と


       還暦の時に出版した漢詩集「天山遊艸」のあとがきに、私は蝶を追って自然に山に
       登るようになっていたと書いた。

       そんな日々を送っていたある年、もう40年も昔のことだと思うが、家内や友人を伴い
       5月の上高地入りをしたことがある。島々谷を遡行し岩魚留めを経、徳本(とくごう)峠を
       越えて上高地に入るルートだった。

       10年ぶりに徳本峠(2100m)に立った私の目に、真っ先に飛び込んできたのは
       眼前に展開する雪の穂高連峰ではなく、峠に三脚を据えカメラを構えている男の姿
       だった。
       すぐに、それは田淵行男氏だと直感した。 彼とはそれまで面識があったわけで
       はないが、私の画いていたイメージ通りの人で、 「田淵さんですね」 と声をかけた。
       そして暫く話をするなかで、自然に蝶の話題になった時、彼は 「いま、上高地では
       クモマツマキチョウが盛んに飛んでいますよ」 と話してくれた。

       思いがけない田淵氏との出会いに興奮気味だった私は、クモマツマキチョウにも
       逢えるかも知れないと期待に胸を膨らませ急いで峠を下った。


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                                        クモマツマキチョウ

       田淵行男氏は山岳写真家としてだけでなく、蝶の博物学者としても有名で、その生態
       写真は途方もなく素晴らしく、私にとっては神様のような存在だった。
       私のように、蝶を追って山に入った者にとっては、田淵氏のような蝶の写真を撮ることは 
       究極の夢であった。

       私が蝶の採集をやめて、写真に撮るようになった動機のなかに「田淵氏のような写真を・・・」
       という昔からの夢が大きく働いているのは間違いない。

       今日のように、良いカメラもフイルムもない当時にあって、あれだけの写真を撮ることが
       出来たのは彼の情熱そのものによるとしか考えようがない。

       彼の著書「日本アルプスの蝶」の巻頭に、彼が記した「祖国日本の山に」捧げるとした
       文章がまた実に素晴らしい。


               九種までも  美しい蝶をはぐくみ
               私に自然への指向を慫慂し
               消えることのない希望の灯をともしつづけた
               恩寵深い 祖国日本の山に
               限りない回想と感謝を込めて捧げる



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        私が山を想う時、蝶を想うとき田淵氏の存在抜きには考えられない。
        同じことは、山の絵を描くようになったのは、井上靖の小説「氷壁」の挿絵を描いた生沢朗、
        旅のスケッチを描くようになったのは、シルクロードを画いた平山郁夫の影響が大きい。

        夢を追っていた青春時代にこれらの人々は、私にとって憧れであり、目標でもあり、
        そして、その著書はまさにバイブルのような存在だった。


         その年の上高地は、田淵氏の言葉通りクモマツマキチョウが美しい翅を翻して盛んに
        飛んでいた。そのさまは、田淵氏が「高山の妖精」と名付けたのも頷ける美しさだった。

        クモマツマキチョウを想う時、あの徳本峠のあの日の田淵氏との出会いを、
        田淵氏を想うと、あの日の上高地の美しいクモマツマキチョウを思い出す。

        それは、秘かに心のなかに持ち続けている私の大切な宝物である。




           <註>

           田淵行男 (1905~1989)

           田淵行男記念館 (1990) 長野県安曇野市豊科南穂高
           彼が日本アルプスの山と蝶を愛し、移り住んだその地に7300点に及ぶ
           写真や蝶の細密画が展示されている




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Commented by さら at 2015-11-28 10:27 x
kame様
はじめまして。田淵行雄さんのことを検索して辿り着きました。
徳本峠でご本人とお会い出来たということ、素晴らしい出会いですね。
私も山登りが好きで、あまり時間がないので行かれないのですが、北アルプスにひとりで登る事があります(安全な山ばかりですが)。徳本峠にも行ってみたいと思っておりました。いつかチャレンジするときはkame様と田淵さんの出会いを想いながら歩く事になると思います。
また時々ブログにお邪魔いたします。
Commented by kame0401 at 2015-12-04 09:19
私のブログを覗いてくださり有難うございます。先般テレビで田淵行雄と奥様の話を観て、あの私にとって宝物のような出会いを思い出していたところです。私は83歳になり今年は山に行けずに終わりました。80の時に槍ヶ岳、81には北穂高、82には燕に登れたのですが・・・
by kame0401 | 2010-05-17 18:36 | kameの独り言 | Comments(2)

人生二毛作を目指して・・・

by kame0401
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